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    2010

12.16

Voi che sapete

ヴォーイ ケッ サペーテ

 高らかに謳え、わが世の春よ!

 令夫人(リンフーレン)と呼ばれることに、異存は無かった。どんなプレゼントより嬉しい、待ち遠しい誕生日である。
「どうしてカヤたち、同じ日に生まれたのかしら」
「こうなることを見越してたんじゃないかな」
 白い壁、白い天井が研究室に見えないのは、暖かな床暖房の入ったフローリングの床の所為。毛足の長いラグが敷かれて、その上に珍しい紫檀の鏡台がある。
 十二月二十五日。世間ではクリスマスだという。キリスト教の聖者キリストの生まれたことを祝い寿ぐ日である。エデンでは聖暦三百六年、カヤは十二月守としてはじめて、エデンの外へ嫁ぐ。先例が無いわけではなかったが、先の出奔者は当時の荒れる十二月守の心の隙間を突いて外へ出た。今回は、次期十二月守も笑って送り出そうとしている。大変な違いだった。
「クオン、カヤにはもう伝えることはないし、手伝えることもないわ」
「分かってる、カヤさん。クオン、ちゃんと習ったとおりにできるよ。令家を世界会議に引っ張ってきてね。待ってるから」
 カヤが恋したのは、アメリカ大陸LAに一家を構える華僑の商人の跡取り息子だった。だがまだ家は小さく、カヤが華々しく活躍していた世界会議になどとても呼ばれるわけがない家格だった。恋した相手の祖父がまだ健在で、一家を切り盛りするのはその奥方だという。
 外交を担っている父親は、彼とよく似た長身の紳士だった。蔡氏に近付き、近頃龍の勢いで力を増してきている一家だ。
 家、というからには、一族の絆が強い。主要な役職を一族で埋めて、それが幸いにも成功に繋がっている。人工島エデンへの自由渡航も、カヤが十二月守である間に取得している。
 だからこその、クオンの「待っている」発言だった。カヤならば、その一家の力になるだろうというのだ。
 エデンのデータバンクや基幹システムが使えないのがどのような状況かは、カヤにもクオンにも分からない。生まれたときから、あるのが当たり前だった。
「エーダにも会えなくなっちゃうわね」
 人工島エデンの一般回線からは、基本的に基幹システムであるエーダには接触できない。許されていない。今は十二月守だからと特別に開かれている回路も、イーハ・ヒューインを出たら閉ざされてしまうだろう。
 けれどそれは、猫たちのようにハッキングすればいいことだ。いけないことだと知りつつも、彼女らは躊躇しない。一事が万事、命取りになる。
「さよならなんて言わないよ。だってカヤさんは、令夫人になるんでしょう」
 それならば、自由にエデンへ出入りできる。
 カヤはにっこりと微笑んだ。
「もちろんよ。蔡氏と肩を並べるほどに、大きくなってみせるわ。幸い時間はたっぷりあるの」
「クオンはあと二十年ちょっとくらいかな。ママやカヤさんみたいに長生きしようとは思わない。エーダを支えられるなら、システムの一部になっても良い」
「生きて支えようっていうスイとは別方向の考えね。良いんじゃない、別にお母さんと別の道を選んでも。…それに正直、アレは誰にでもできることじゃないもの」
 恋さえしなければ、自分もクオンと同じように、エーダを支えるシステムの一部になっていただろう。容易に想像できる。それが当たり前だったのだ。
 ただ、自分の両親がシステムに組み込まれるのは嫌だった。「一般的には支配とか使役というのよ」とリイザに囁かれたのも、原因のひとつかもしれないが。ともかくも、そのとき生きていた九代目は全員月の人工都市へと送り出した。キリエと名付けられた人工都市は、エデンの姉妹都市だった。エデンとは違い、静寂に包まれている。選ばれた清らかな人間しか行けないとされているが、実のところ人間は短期滞在しかしない。
 このキリエの建設を担ったのが、蔡氏を集中とした華僑のグループだった。その中に、令家もいる。厳重に人となりを調べられた後、一部だけが選ばれてキリエの巡察を行ったらしい。「らしい」というのは、カヤの先代、九代目に行われたことだったからだ。カヤは生まれておらず、当然クオンも知るところにない。ただ、記録が残っているだけだ。
「令家の子どもってわかってた?」
「あのひとが? まさか! お互い一目惚れだったのよ」
「心を読む守護者なのに…?」
「出会い頭よ。読む暇なかったわ」
 嘘ではないのはすぐに分かる。お互い守護者で、十二月守だ。本当は、言葉など要らない。
「三年待ってくれってスイに言われたときは、まるで塔に閉じ込められた気分になったものよ」
 三月守のトウカが令家の跡取りを刺した事件は、ニュースになる前に記憶操作で揉み消した。
「死んでないって知ったときは、心底ほっとした。結局、トウカ姉さまは狂っちゃったけど。――人の血は、守護者を狂わせるのよ。カヤの所為」
「あのときのトウカさんの悲鳴は、まだクオンも覚えてる。あんなに切ない悲鳴はなかった」
「スイの記憶操作しろって言う怒声がなかったら、カヤはその場に立ち尽くしたままだったでしょうね。あの場のことを覚えているのは、カヤたち守護者と刺された当人だけ」
「あのときトウカさんを隔離したのは正解だったと思う。でも、今まだ隔離されたままっていうのは、正直わたしには厳しい。夢見月の託宣って、やっぱり頼りたくなっちゃうから……」
「クオンちゃんは直接エーダさんに訊けばいいんだわ。それを許されてるじゃない」
「でもその為にわざわざ二十六区へ行くの?」
「そこなのよねぇ」
 ランク外の危険区に指定されている二十六区ユーフォリアに、エーダに会うための道がある。そこを守っているのは、一人の男と、一体の人形。その二人がどれほど強いか。男は、このエデンがまだ構想であった段階から関わっているという。少なくとも、エデンができてからでも三百年完璧に守り続けている。
 二十六区と一区の地下は繋がっているというが、それは建設当初のこと。いや、今でも通れないことはないらしい。クラッシャー・フウナが偶然辿りついたこともある。何を壊して通ったのかは定かではないが、いくつものゲートがあり認証が必要だったことだけは聞き及んでいる。――勝手に開いて勝手に閉じたとフウナは言い張るが、どう見ても「天然に」クラッキング操作を行ったとしか考えられない。クラッシャーの異名を持つだけの事はある。
「ねぇ、恋ってどんなもの?」
 訊かれて、カヤはクオンを抱きしめた。
「こういうものよ」
 イメージが渦巻く。
 十二月守が繋がれる硬質な電脳世界ではなく、華やかで彩りのある、アップテンポな心象だった。話すよりも、当然早い。
「穏やかな恋もあるのかもしれないわ、激しい嵐のような恋も。でも、これがカヤの恋よ」
 潔かった。実の姉を狂わせても、意思は変わらない。
「クオンにはまだまだ早いわね」
 ようやく六つになった幼子の頭を撫でる。自分が十二月守を継いだのは九つのときだった。それより三つも幼い。
 これで手を離してしまうのが惜しいようにも思える。けれど、それより、喜びのほうが大きいのだ。
 なぜこのテンションを保ち続けられたのだろう。分からない。分からないけれど、すべてに勝る優先事項だった。どう思われるかなど、気にしていては始まらない。
「スイとクオンに甘えるわ。トウカ姉さまとエデンをお願い」
「まかせて!」
 きらきらと瞳を輝かせて、幼い子どもは胸を張った。
 それが眩しくて、カヤはもう一度クオンを抱きしめた。
「……ありがとう」
 晴れやかな気持ちで外に出られる。それがこの親子のおかげであることを、長い一生忘れまいと、カヤは心に誓った。

 寒い冬の、よく晴れた朝だった。

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    2010

12.01

名残

 ことり、とマグカップが置かれた。
 深夜である。
 カヤは悩ましげに窓の外を見やった。明るい月が見える。
 手元には、古風な蜜蝋の封印の解かれた手紙。文面は他愛のないことばかりだった。鉢植えの花が咲いたこと、日増しに育つ幼い兄弟のこと、繰り返されるくだらないパーティのこと、いつも同じ空を見上げているといったこと、変わらず愛しいという告白。
 手紙には、いつも変わらず心はあなたの側に、と添えてある。
 人工島エデンは、外界から遮断されている。渡航許可は滅多に下りなかったし、手紙の類も十出して一届けば良いほうである。だから、届いた手紙はすべて大事に取ってある。
 日々の出来事は、カヤにとっては遠い世界の事だった。電脳世界では自由に遊べる。瞬時に多量の情報を処理することができるのは、一級品の電子頭脳と接続されているためだった。それも道具と割り切っている。仕事の合間に遊ぶことは、カヤにとってほんのひとときの息抜きに過ぎない。けれど、オフラインで遊ぶことはまずなかった。そんな時間は取れなかった。
 接続された基幹システム・マザーから解放され、眠るまでのほんの僅かの時間が、カヤに許された自由時間だった。
 内容を覚えるほどに読み込んだ手紙は、束にして大事に置いてある。
 彼に出会ったのは、二年前の冬だった。新しい年を祝賀する盛大なパーティで、外交をスイに任せて夜風に当たった僅かの時間に、彼はカヤの目の前に現れた。彼も、パーティから逃れてきたのだ。
 忘れないように記憶を記録して取ってある。天地がひっくり返るほど、世界が変わった瞬間だった。
 それをスイは、一目惚れだと名付けてくれた。
 僅かの逢瀬は、パーティのたびに繰り返された。彼が出席するパーティを探すことなど、カヤには造作もないことだったからだ。
 カヤには、世界に飛び出る覚悟があった。十二月守としての能力を制限されることも、イーハ・ヒューインへ二度と帰れないことも、分かっていた。けれど、止められなかった。
「恋をしたの」
 告げた瞬間の、姉・夢見月の表情は忘れられない。夢が当たるたび、彼女は悲しそうな表情をした。そして、「やっぱり」と呟いた。
 次のパーティで、姉は彼を見た。心の底まで覗き込めるカヤが認めた人物に、悪人がいよう筈もなかった。けれど、彼女には彼は悪人にしか見えなかった。妹カヤを、長である十二月守を、このエデンから連れ去る悪魔。カヤが止める間もなく、ナイフを彼に突き立てて罵った。
「悪魔!」
 血を浴びた彼女は、確かに狂気に囚われていた。その場を収めたスイは、彼に告げた。
「しばらくエデンには来ない方が良い」
 それから、文通が始まった。

 エデンは閉鎖された空間だった。
 オンラインでは島外とは繋がっていない。また、時化が島をぐるりと囲み、島へ近付くのも島から逃れるのも容易ではなかった。上陸するには十二月守の許可が必須だった。だから、島民の持つ居住コードを持たない不法滞留者もいた。彼らはあらゆる場面で差別を受けることになった。守護者の治める夢の人工島は、夢でしかなかった。
 カヤは、そんな住民も救いたいと、模索している最中だった。読み書きを教え、職を与え、居住コードを取得させる。一筋縄ではいかなかったが、子どもや女性など社会的弱者が蹂躙されるのを、黙って見てはいられなかったのだ。スイは最大限協力すると申し出てくれていた。そして、次代を担う十一代目の十二月守――自らの子どもにも、カヤの仕事を全て教えていた。いたいけな幼子であるにもかかわらず。
 文通をはじめたカヤに、スイは言った。子どもが、自分が情報屋として独立した六歳になれば、エデンを出ても良い、と。
「蔡主も俺も、マリアもいる。十代目も半数は狂わず残ってる。エデンを出るほうがより幸せだと言うなら、手を貸しても良い」
 カヤが先代を継いでから、たった八年しか経っていなかった。遣り残している仕事は山のようにある。
 年端のいかないクオンも、にっこり笑って言った。
「だいじょうぶ、みんな、いるもん!」
 カヤはクオンを抱きしめて泣いた。自分のわがままで、この小さな子どもを、世界の荒波へ放り投げようというのだから。
 システム・マザーであるエーダに頼み、長命を約束するという薬にも手を出した。
 今は傷ついた彼も回復しているという。そもそも、そんなに深い傷ではなかった。ただ、人の血を浴びた姉の精神的なダメージは、回復しなかった。それでも、カヤは渡航を諦めなかった。その為に、クオンにしてやれる最大限の引継ぎを準備もした。
 マグカップの中身は、もうない。

 小さな影が、部屋の中へ音もなく入り、毛布を持って佇んでいた。気がついたカヤは、にこりと微笑んだ。
「ありがとう、ジゼル」
「……どう、いたしまして」
 そばかすの浮く頬を赤らめ、人形が頭を下げる。
「あの、おかわり、持ってきましょうか……?」
 マグカップの中は見えないが、音感センサーはついている。カップがとうに冷えていることが、ジゼルには分かった。
「もう寝るから良いの。美味しかったわ、ありがとう」
 ジゼルはカヤの人形ではない。ジゼルがマスターと呼ぶのは、製作者であるデュークただ一人だ。スイが特別に、借り受けてきたのだ。各部屋にあるルームコンピュータは統御しているのがカヤと直結するシステムマザーである。カヤの負担が僅かでも減るように、そして、はにかみ屋のジゼルが少しでも人との距離を縮められるようにと、スイがデュークと計ってそうしたのだ。
 事実、ジゼルは自分から声をかけられるように「覚えた」し、カヤは人より小さな人形を見て和んでもいた。
「今日見聞きして覚えたことを、そうね、マリアと並列化してきて頂戴ね。いずれクオンの役に立つこともあるかもしれないから」
「……クオンさまの?」
「そうよ、カヤはいなくなるのが決まっているの。それもあと一年で。あの子は大変な目に会う。それが分かってカヤは出て行くの。ひどいでしょう」
 もじもじと俯いたジゼルは、意を決したように顔を上げた。
「でもそれがカヤさまのためだから、って、スイさまが仰ってたわ」
 人形にまで、徹底させているのか。カヤは空を仰ぎたくなった。
 おそらく、けしてカヤを否定しないようにと仕組んであるのだろう。泣きたくなった。
 いつそんな甘ったれに、自分はなってしまったんだろう。
 あの、恋に落ちた瞬間に――?
「やっぱりもう一杯お茶を頂戴。濃い目に淹れたセイロン風ミルクティを。……変ね、あなたは機械の人形なのに、あなたが淹れた紅茶はとても美味しいの……ねぇ、ジゼル、私が外へ出るときに、あなたも一緒に来てくれない?」
 マグカップを受け取ったジゼルは、困ったような顔をして答えた。
「あたし、マスターの傍を長く離れるのは、怖いんです。本当はここへ来るのも、怖かったんです。だから……だから、考えさせてください」
 縋るようなカヤを、振り切れなかったのか。強い反対は無かった。
 普通、怖いなら怖くないと思考するようプログラムしなおせば良い。けれどデューク製の人形はそういうものではないようだった。何度修正を加えても、怖がるし、恥ずかしがる。それがこの人形の特性であるように。
 いっそ電脳を入れ替えてしまってはどうか。その提案を、デュークは却下した。これはこれで完成形、後はどう育てるかだ、と言ったらしい。
「ありがとう。嬉しい返事を待ってるわ」
 毛布を膝にかける。そして、ジゼルの背中を見送った。
 暖めてあったのか、毛布はほんのりと暖かかった。
 その暖かさを振り切ってしまうのか。
 カヤは首を横に振り、手紙を胸に押し当てた。この人さえいれば大丈夫。そう誓ったのではないか。

 長かった三年が、残り一年を切った。

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    2010

12.01

贈り物2

 苦々しい表情で、カヤは答えた。
「知ってるわ。スイから聞いた後、エーダにも確認したもの。本来なら交配させないで一代で終わらせていた研究体だったって彼女、言ってた」
 それをあくまで研究対象としてではあるが次世代をと望んだのがエーダであることも、聞いていた。天使の姿と強さを願って、交配には遺伝子操作が繰り返されていたことも。
 けれど、第一世代の研究者達が次々とリタイアしていくと、天使の姿をと強く願う研究者は少なくなっていった。守護者が交配により、より力を強めていくと、守護者自体の覚醒を待つべきではないかという声が大きくなっていった。覚醒、或いは突然変異。願う姿がいつ現れるかは、さっぱり分からなかった。五代目十二月守の失踪と再来を経て、守護者は研究者達から独立した。それを陰で支えたのは、すでにシステムマザーとして稼動していたエーダと、その兄である伯爵、親友にして人工生命の権威である女史である。
「それを先代は知っていたのか?」
 ライザの問いに、カヤは首を横に振った。
「ミドリさんは知らなかったわ。目を瞑っていれば知らずに過ぎていくことって、結構あるものよ」
「そんなのアタシだって分かるわ。ただ、長なんだもの、知ってて当然って思うじゃない」
「五代目が巧妙に隠したのよ。カヤだってスイから教えられなければ気付かなかったわ。スイはフウナがデータを吹き飛ばしちゃう前に、外部にデータバンクを作っていたの。カヤが小さくたって、次の十二月守になるんだからってスイは教えてくれた」
 きりり、と指の先を唇の端を噛んで、カヤは言った。年齢に似合わない仕草だった。
「スイは色んな意味で守護者の制約を免れているわ。その分捕らわれてもいるけれど」
「五代目ねぇ……ママが生きてればどんな子だったか聞き出すのに」
「あのママの事だ、どこかで生きているよ」
 ソフィア・エルナ・フェンリーン女史を慕っているわけではないのだが、生まれてこられたのは彼女のおかげだ。ママ、と呼ぶのには抵抗はなかった。研究者であり、その研究費を仕事屋として稼いでいたのは、彼女の適応能力のなせる業だった。
 その女史が失踪してもう何年経つか。
「ところでフウナがデータ吹き飛ばしたっての、いつの話?」
 聞いてないんだけど、とリイザが訊く。まだよ、とカヤは応じた。
「いつになるか分からないけど、夢見月が夢見たそうよ、エーダに同調して、壊される夢を。だったら打てる手を打っとかないことはない、って。データバンクが崩壊したら、カヤとてもじゃないけど長をやってく自信ないわ」
 だからカヤはスイの自由な行動を、知っていながら容認したのだ。
 先代ミドリの妨害を受けながら、彼女に知られないように、データを移していく。やり方は、ライザが徹底的に仕込んでいた。データ操作は弱いお前の武器になる、と囁いて。
 スイが自由に動けば動くほど、守護者として縛られているのが顕わになっていった。ぎりぎり外側のラインを、リイザとライザは歩かせていた。これ以上狂わないように、これ以上縛られないように。
 けれど、自縛は利用するしかなかった。それがスイの生きる縁だった。
「何言ってるのよ、先代以上のやり手さん。世界中の有力な家を向こうに回して、とうとう蔡主と月面都市の権利を攫っていったそうじゃない」
「年若い二人が年寄りどもを翻弄するのは、たいそうな見ものだったぞ」
「いやぁね」
 月面に新たな都市を建造することは、ミドリが長になった時点で決まっていたことだった。その権益を巡っての会議は、ここエデンでも開催されていた。カヤは生まれたときからその問題に付き合ってきたことになる。
「どうせなら月へ行ってみる? 外から地球を見たらきっと、エデンなんて小さすぎて、いざこざがばかばかしくなってくるわ」
「だって守護者は基本エデンを離れられないじゃない? スイが行かないならアタシもどこへも出ない」
 守護者はエデンを守るもの。
 守護者はエデンに繋がれるための研究体。
 出られないという暗示を生まれたときからかけられている。それは、一歩も動くことの叶わないエーダのためだった。エデンを――システムマザーを――エーダを、守るもの。
 どこまでをこの人間達は知っているのか。カヤには分からなかった。そんな意識を彼女らが持たないからだった。深くを探ることはしない。それは友人としてのマナーだった。
「まぁ、スイを自由にして良いというなら、口実が何であろうが私は歓待するぞ」
 嬉しそう。年上の友人を、カヤは見上げた。
「期限付きよ」
 念を押す。つまらないの、という呟きを聞いた気がした。
「カヤたちだってスイは手放せないわ。手放せないからこその休養なんだから、働かせずにちゃんと休ませてよね」
「あら、エデンにいれば否応無しに仕事が舞い込むわ。どれだけそれに気付かせずにアタシたちとのドルチェ・ヴィータを過ごせるかは、十二月守であるあんたと、ママであるマリアの働き如何よ」
「そんなの分かってる」
 永遠を生きるなら、余計に休養は必要だろう。ささやかながらプレゼントを、今の内に。自分の力が及ぶ内に。
 自分が永遠に生きるのであれば、スイをうまく使える自信はあった。少し甘えた声で、下から見上げて、「お願い」すればいいのだ。リイザがいつもそうしているように。そうすれば、しょうがないなと言いながらどんな無理なお願いでも聞いてくれる。守護者にとって危険なことも。むしろ、そういう危険なことが、自らやるべきことと考えている節がある。あの二月守は。
 本来二月守――令月は、エデンのルールを守らせるための役目を負う。令を下すのであり、けして危険に首を突っ込むのが仕事ではない。込み入ったところまで暴くのは、スイの習性と言って良いだろう。
 マリアは快く承諾してくれる。それは確信だった。スイの為だと言えば、どんな悪事にも手を貸すだろう。もちろん、スイの決めたルールに則ってではあるが。
 人を殺すことも、嘘をつくことも、厭わない。悪いことよねとあっけらかんと言いながら、スイならば許すだろうぎりぎりをはかって、容赦なく執行する。悩むふりを装っても、それは擬態でしかない。
「……いつかカヤが永遠を願ったら、あなたたちは叶えてくれるかしら」
 即座に帰ってきたのは、疑問だった。
「そんないつかを想像したの?」
「夢見るエーダに言われたのよ。あなたはいつか永遠を願う、って」
「眠り姫の御託宣か」
 エデンの基幹であるエーダは、まれにその夢に未来を映すことがある。過去と現在を見ることのほうが圧倒的に多いのだが。
「叶えてくれる?」
 背の低いカヤは、二人を見上げる格好になる。ただし、媚びてはいない。あくまで、上から。
「スイに頼みなさいよ」
「それじゃ、叶ったも同然ね」
「しかし薬を作れるのはあの伯爵だぞ。眠り姫にしっかり頼み込んでおくことだ」
 にぃ、とライザが笑んだ。
 この二人は、伯爵にどのような代償を支払ったのだろうか。
「で、スイはいつから休暇? 今すぐにでも連れ去っていいわよ」
 どんな代償にも代えがたいのだろう。この二人にとって、スイは家族も同然だった。それも、守らなければならない末の妹。小さな存在。
 上品に微笑んだ顔を作って、カヤは言った。
「今スイが片付けてる仕事が終わったら、期限はあなたたちの誕生日まで。最長一ヶ月よ、すごいサービスじゃない。全く感謝してよね!」
 リイザもライザも声を上げて笑った。
「手伝ってとびきり早く仕上げるわ」
「二十三区のカジノの後始末だったな。あぁそうだ、ついでに訊くが、風邪は治ったか?」
 思い出したように訊く。カヤは肩を竦めてみせた。
「あいにくと熱が下がらないの。だから他の守護者にうつしちゃダメだから、直接あなたたちを招いたのよ。あなたたちが面白くもないと切り捨てるこのトップドッグに」
「私達も一応脳は生身だが?」
「でも風邪罹からないでしょ」
「フウナちゃんの恨み言は聞いて?」
「あれだけ大音量で悲しまれたら嫌でも聞こえるわ。本当はイーハ・ヒューインに帰らせたくなかったのよ、他の守護者への影響が大きすぎて」
「それで能力を遮断する部屋に閉じ込めたか」
 あぁ、とカヤは溜息をついた。守護者以上に、この二人には隠し事ができない。まったく、何をどこまで知っているのか。
「ついでにフウナにも休暇を出そうかしら。二人まとめて面倒見てもらえる?」
 今度は猫撫で声で。唇を尖らせ、媚びる仕草はリイザの真似。
「やっだ、アタシそんな顔しないわよ」
 思うところを汲んだらしい、リイザがその頬を両手で包んだ。
 思考が流れ込む。拒絶と、許容と。
 絶対的な拒絶なら、この二人の猫たちは聴く耳も持たずスイを攫って帰ってしまうだろう。けれどそこまではしない。
「スイに意思は確認した?」
「これからするわ」
「フウナはいらないぞ」
「ただの冗談よ、守護者の問題は守護者で片付けたいわ。ただスイの場合は特殊事例で」
「御託は要らないわ。アタシたちの呪わしい誕生日まで、スイはアタシたちだけのものになる。命令権限を持つのは、十二月守であるあんただけ」
 猫にもその命は通じるのか。カヤはじっとリイザの猫の瞳を見つめた。
 十二月守である自分に触れることを恐れないばかりか、思考を整理してこちらに叩きつけてきさえする。
「スイには、ちゃんと伝える。ただし、薬に関してはカヤからは何も言わない。休日を命じるだけよ」
「それで充分だ」
 どんな贈り物より嬉しいと、リイザもライザも伝えてくる。この二人がどれだけスイを愛おしんでいてくれているか、よく分かる。絶対死なせない、という強い決意と、永遠に一緒にいられる喜びも伝わる。隠そうともしない、意志の強さ。それがカヤにとっての猫の価値、猫の強さだった。
 身体的な強さ以上の精神的な強さは、カヤにとってとても心強かった。
 禁句を問われても、その理由を晒しても、この二人はカヤを厭わず接してくれる。
 裏切るまい。
 そう思って、カヤはリイザに抱きついた。
「触れても怖がらずにいてくれるのはあなたたちくらいだわ。育ててくれた女史に感謝しなくちゃいけないわね。やっぱり誕生日は大事よ」
「アタシたちに面と向かってそんなコト言うのは、守護者くらいのものよ。作ってくれた伯爵や眠り姫に感謝しなくちゃね」
 意地の応酬もまた楽しい。
 そんな間柄でいられるのは、きっととても幸せなこと。
 本人不在で決められた休暇は、猫と十二月守の間も幸せにしてくれた。

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    2010

12.01

贈り物

 誕生日は、禁句だった。
 生まれた日とは、作り出された日。
 人間にとって、作り出されたなど屈辱以外の何者でもない。祝福された記録もない。
 水槽の中で培養され、機械の身体を与えられ。生まれた時から戦い方を仕込まれた。
 ソフィア・エルナ・フェンリーン女史。その名前は、二人にとって苦い記憶と屈辱の記録を伴う名前だった。
 二人を作り出したそのとき既に生身の身体を持たなかった彼女は、母親らしいことなどまったくしてはくれなかった。
「五月二十五日よ」
 そっけなくリイザは答えた。嬉しさなど微塵も感じていなかった。
 カヤは困ったように笑った。
「本当に嬉しくないのね。そんなに厳しい人だったの?」
「アタシたちを生まれて5年で「楽園の猫」に仕立て上げたのはあの人の技量よ。感謝しないでもないけど…」
「普通、死にゆく母親の腹の中から胎児を取り出して培養しようだなどとは考えないだろう」
 ライザの感情も、苦々しい。
 そうしなければおそらく胎児は死んでいたのだろう。リイザもライザもこの世にはいなかったことになる。
 ある日突然の竜巻とカマイタチに見舞われた街に女史に放り出され、荒んでいた二人の前に現れたのが、スイだった。二人して言う。――はじめはこんな邪魔なもの、殺してしまおうと思った、と。けれど傷だらけの幼子は、けして死のうとはしなかった。その傷をつけた女性――母親を庇い、二人に言ったという。「あの人のために、死ねない。」
 カヤには、二人の記憶がはっきりと視えた。十二月守である。人の心を読むのは、話を聞くより簡単だった。
 本当は、そんな苦い記憶を呼び起こさせるために訊いたのではなかった。このところずっと休暇のなかったスイを、休暇代わりに二人に貸し出そうと思っただけだった。その口実が、「誕生日プレゼント」である。
 そういえばスイも苦笑しながら五月だったと思うけどねとしか答えてはくれなかった。
 思うだけでは伝わらない。脳に直接語りかけることも可能ではあるが、イメージを伝えようとしているわけではない。言葉で言っても同じことだ。
「実はね、スイをしばらく預かって欲しいの。先代が死んでから、殺さず生かさず働き続けてもらってたんだけど、そろそろお休みあげたいなって思って」
 先代が生きている間は良かった。たとえ彼女に傷付けられても、それを生きる糧としていたのだ。
「母親で苦労したもの同士、傷を舐めあいなさいって?」
「ちがうちがう! 単純に休まないと機械じゃないんだからって話。あなたたちへの誕生日プレゼントって言うと、スイも納得するでしょ」
 確かに、とライザは頷いた。ただ「休め」といったのでは、スイは休まない。守護者としての仕事がないなら、情報屋になるだけである。最近は町医者になることも画策しているらしい。忙しい合間を縫って勉強しているのを、カヤは知っていた。
「じゃ、ちょうどいいから投薬も始めちゃおっか」
「投薬?」
 突然出てきた言葉に、カヤは少し驚いた。だいたいは、相手が何かを言おうとすればそれを読み取れるのだから。
「伯爵が投薬されたのと同じ薬よ。アタシ、スイを死なせたくないの」
「守護者が短命だということは、お前も知っていることだろう」
 長く生きて三十五年。その限りある生は、狂気に彩られる。だんだんと澱が溜まるように狂気を蓄積して、死ぬときには大概発狂しているらしい。それが早いか遅いか。
 スイは二歳で狂気に触れた。あまりにも早すぎたため、狂気に順応してしまったらしいというのが、カヤの見立てだった。それでもイーハ・ヒューインの外での暮らしは、確実にスイを死に近づけているはずだった。
 それを、とどめるという。
「完全に発狂する前に何とかしないとね」
 狂ったものは、戻らない。
「それ、スイには何て説明するつもり?」
 スイは、本来なら二年前、母親が死んだときに死ぬつもりだったと笑って言う。強大な力を誇って長く十二月守を務めた母親は、スイを父と見間違えて、言ったそうだ。優しい、甘えた声で、守護者を守って頂戴、と。それをスイは守るという。自分に向けられた声ではないことは分かっている。それでも逆らえない。父が死の間際に言った「ミドリを守ってあげて」の声は、流れた血とともに、スイに刻み付けられていた。
 リイザもライザも、よく知っていた。最愛の弟が、最愛の夫が死んだとき、ミドリは壊れてしまった。エデンの半分を吹き飛ばす荒ぶる風を身にまとい、たった二歳の幼い娘に哀しみをぶつけた。――お前が殺した、と。そう言わなければ、精神を保っていられなかった。
「スイには、ミドリさんとの約束を盾に取って、守護者すべての面倒を最後まで見きりなさいと言うつもりよ」
 にっこり笑ってリイザが言う。
「守護者の最終形態が当時の研究者の望むものであるならば、と仮定すると、スイは永遠に生きなければならなくなる」
 しれっと言うライザも、微笑顔である。
「アタシたちはすべてを電脳化してでも、一緒に生き続けるわ。機械のマリアにも寿命はないでしょう。楽園の猫は、ずっとここにいるわ。ここが戦場になっても、スイを守ってあげる」
「あなたたちこそその薬を飲めば?」
 呆れたようにカヤが返した。そんなのとっくに投薬済みよ、とあっけらかんと二人が思考する。
「脳だけナマモノで効くかどうか分からないと伯爵に言われた」
「ママには効果がなかったそうよ。不老の薬のはずなのに年取るじゃない、と皮肉られたって聞いたわ」
「じゃあスイにも効かないかも知れないわね」
 わざと意地悪を言う。
「いいえ、守護者には効くそうよ。ただ、長く生きると狂ってしまうから、投薬を諦めたって」
 研究段階で、とリイザは思い加えた。
「スイから聞いていないのか? 守護者は失敗作だったと」

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    2010

10.21

遊戯・幕間2

 モニターに映った雑多な映像はそのままに、部屋は客人を迎え入れた。情報屋スイである。
 情報屋、と言った場合は、多くは個人を指さない。それは人であるかと仮定したとき、情報屋はそのすべてが人ではなかった。生物であるかと問われれば、一人だけは、と答えられる。守護者十代目二月守翠(スイ)と、そのパートナーであるコンピュータ・マリアが中心なのだ。いずれも人間ではない。そして今では主を持たないデュークス――人形屋デューク製のレプリカント・ドール達の多くがその手伝いをしている。
 主持ちのドールのメンテナンス代だけでは、人形屋はやっていけない。本来人形とは人の言う事を聞くものであるが、初代デュークの作った人形は主の言いつけさえ守らないものが多かった。三代目となった初代最後の人形は、自ら人形を作り出せた。そのように、つくられた。三代目が作り出す様々な人形のほとんどはヒトガタではなかった。鳥、猫、犬、魚。様々な生物の型を写した値頃な商品がつくられていた。
 それに加えて、稀につくられる人間が高値で欲するヒトガタの素体が人形屋の主な収入源だった。一番の上得意は、楽園の猫。ラグドールとリンクスはその姿を服のように変えることで有名だった。誰も彼女らの本来の姿を知らない。伯爵も特に興味を持たないらしく、彼女らのDNAに沿った姿は伯爵はもとより当人達も調べていないという有様だ。生まれる前の姿は、胎児を受け取った女史のみが知っている。両親は、すでに亡い。そこまでは、伯爵も知ることだった。
 今回の人買いブローカーの騒動は伯爵が手を回すという異例の行為で、26区らしからぬ終焉を見た。
 伯爵は、それなりにエデンを愛でていた。自らが設計段階から関わった島だ。そして、妹が人工島を統御する生体コンピュータの核にと志願してから300年余り、エデンに縛られ続けている。
 革張りの椅子の背に深く身を預け、カウチに座る二人に目をやった。
「何故助けた?」
 誰を、とは言わない。分かりきったことだった。
「むしろ俺に頼んでおいて何で助けないか考える方が難しいと思うけどね?」
 伯爵を前に、緊張もしていない。するまでもない。長い間蓄積されたエデンの膨大なデータを手にできる位置に、スイはいた。伯爵が何者であるかも、知っていた。だから、必要以上に畏れる必要はない。
 その態度は、リドルにとって我慢ならないものではあったが、主である伯爵が何も言わないので黙って控えている。
「翠が来なければ、わたし達は放っておこうと言っていたのよ」
「右の猫と人形共ならばそうするであろうな」
 マリアのことも、人形と一括りにする。基はエデン中枢、守護者の居住区であるイーハ・ヒューインのルームコンピュータだ。親子の情の強くない守護者にとっては、生活のほとんどを頼るのがそれぞれの部屋に設置されているこのコンピュータだった。ただ、マリアが特殊なのは、翠がどんどんプログラムを追加していき、己で学び行動するコンピュータとなっていることだ。本体はイーハ・ヒューインにあるが、シンクロするスーパーコンピュータをイーハ・ヒューイン外に備え、端末機と呼ぶ人間大のヒューマノイド・ロイドを多数持っている。
 また「右の猫」とは、彼女らの出生を知る数少ない者にしか通じない言葉だった。リイザとライザの育て親である女史は、戯れに胎児の脳を左右に分け成長させた。脳以外のすべてを機械と入れ替えた女史にとっては只の興味。脳の半分が機械であるか、それともすべてが生体であるかが、二人の娘と女史の違いだった。
 それでも一応人間扱いをする。生きながらコンピュータに繋がれたエーダも、彼女らと似たような者だったからだ。伯爵は、人とそうでないものとの区別を明確に付けていた。
「梅見月よ、彼の子らをもエデンの住人と判断したか」
 梅見月とは二月の異名、二月守である翠のことを伯爵はそう呼ぶ。
「エデンに降り立てば、皆エデンの子どもさ。外でどうやって子どもが育つのか俺は知らないけど、エデンで生きるすべは教えられる」
「それも九代目の命だと」
 九代目十二月守は、翠の卵子提供者だった。母親だと言わないのは、そうなる確執があったからだ。
「あの人は優しい上に強かった。零れ落ちるものも皆拾うだけの力があった。あの人だったらそうしただろうことを、俺はしただけだよ、伯爵」
「それで、今回の依頼の御代だけれど、後で請求書を送るようにするわね。言い値で良いって言うものだから、リイザさんがしっかり請求するつもりでいるわ」
「相手方も潰して呉れた故、多少は目を瞑ろう。其方も随分煤けて居る、洗浄・コーティングは此処でもできる故、見苦しゅうないようにするが良い」
「あら、一戦交えてそのまま来たのよ、少し綻んでいる位大目に見て頂戴な」
 血に塗れたままでカウチに座っているのだから大概である。幸いなことに被った血は乾いている。カウチのクリーニング代など出す気は更々なかった。
 もっとも、端末機を変えて来れば良かっただけの話ではある。会話も戦闘もすべてのデータがチップに保管され、そのチップさえ入れ替えれば記録はそのままに新しい端末が利用できるのだ。
 凄惨な状態に似合わぬおっとりさで微笑むマリアに、リドルがとうとう噛み付いた。
「口を開けば金銭勘定等と、随分庶民的感覚をお持ちですね。天下の情報屋が聞いて呆れます」
「お人形風情に呆れられても困るわ。わきまえるのはわたし?それともあなた?」
「人形同士で争うでない、見苦しい」
「伯爵、マリアを人形扱いするなよ」
「人の形(なり)をしたモノだ、人形で合うておろうが」
 ふんぞり返って偉そうに告げる。また、それが様になっている。
「それじゃ、意図的に作り出された俺たち守護者も、人の形をした人形か?」
「そもそも人の姿は目指して居らぬ。人外の化け物よ」
 300年を軽く越えて生きるモノに化け物扱いされたくはない。
「……ていうかさ、水掛け論になるから、とりあえず誰も人間じゃないってことで手を打っとかない?」
「我は人間ぞ」
「生まれだけはね」
 誰も否やの声を上げはしない。リドルとて、伯爵をただの人とは思っていない。そういう辺りがプログラムという名の教育を施す伯爵の楽しみでもあった。
「ブローカーの絶命とチップの破壊は確認したし、これがその証明用の戦闘中のアイ・カメラの映像全部。子どもは俺が2区の児童保護施設へ引き取った。じゃ、一応報告終わりってことで。帰ろうか、マリア」
 アイ・カメラの映像など、本当は必要としない。通信用にオンラインだった人形達すべての視認データの同時中継ができる程度の設備がこの部屋にある。一応形だけはね、とスイは机の上にチップを置いた。
「エーダによろしく。――全部見てるだろうけど」
 それがエデンの核だった。
 翠の訪れはいつも静かなものだった。リイザのように噛み付きはしないし、ライザのように皮肉を塗した言葉を並べることもない。投薬されてから永くを生きるようになっても、基本、翠は確かに守護者だった。
 女史のように、付かず離れず、永い時を共にすることになるのだろう。伯爵はくつくつと笑った。
「真逆、守護者が望んだ形になる前に、我とともに時を刻むものが現れようとはの」
 望んだ形。十一代目にしてようやく現れた翼持つ天使の姿。細胞を調べた限りでは、それまでの守護者とは全く異なり、永く生きるだろうとの結果が出ている。問題は、何人が生き残るかだ。十数名を数えた守護者の数は、減少に転じている。研究者達の望んだ姿の、いわば変異した守護者は、性別を持たない。子を望めない。そして、クローニングもできなかった。
 数の減った守護者達を支えるのはエーダを中心とした生体コンピュータだった。十代目十二月守が月へと「逃がした」数名を除き、すべてが生体コンピュータ群としてエーダを支えている。
 愛しい妹を守るためには、守護者達も必要不可欠。狂わんばかりの愛情は、他の何にも向けられなかった。エーダがエデンの核である限り、伯爵はエデンを守り続けるだろう。
 それこそが、エーダの望みでもあった。
「晴れて狂者の仲間入りってことだ」
 翠は、伯爵を哀れんでいた。エデンでは強いといわれている伯爵も、世界に比すれば小さな存在だ。愛しいエーダを守るためだけに、強い振りもしなくてはならない。
 すでに本来の姿ではないのだろう。伯爵と呼ばれるようになってからは。
 女史もとうに人間であることを捨てている。リイザやライザもまた人であろうとはしていない。
「其方も我を狂うて居ると言うか」
「狂わなくちゃ、やってられないってことさ」
「言えば、其方の生も幼き頃より狂うたな」
「あの時狂わなかったら、真っ当な守護者として今頃生体コンピュータの一部だよ。どっちがマシかは知らないけど」
 生きていれば、辛いことも楽しいこともある。できることもある。
 その「できること」を為すために生きているのだと言い聞かせながら、日々を送るしかない。もとより、狂っているのだから。

 翠たちが帰った後、ふたたび伯爵はカウチに寝そべっていた。
「リドルよ、覚えておくが良い。あれらは優しすぎるが、我らが作ろうとしたはエデンを守る厳しき生き物。其方が困ることがあらば、彼れを頼れ。其の時、既に守護者は厳しきものになっておろう故」
 エーダにもそう伝えるが良い、と夢現に呟く。まるで「その時」には既に自分がいないかのように。

 リドルは答える言葉を持っていなかった。伯爵がいない世界など、彼にはないものだったからだ。
 困ります。そうは言えなかった。主のまどろみを妨げたくはなかった。リドルはコンピュータにコードを繋ぎ、しっかりと伯爵の言葉を記憶させた。
 そうすることが、義務であるかのように。




終。

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