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    2011

02.05

たくさんの君を知ってるつもりだけど 2

 デュークの人形は優秀だった。常に主が何を望むかを思考し、実行する。ただきれいなだけではなかった。
 久遠も、一体の人形を預かっていた。今は亡き守護者を主としていた人形が、その守護者の死とともに目を覚まし、主を偲ぶためにここ――守護者の住まうイーハ・ヒューイン――にいても良いかと申し出たのだ。ひとまず十二月守の預かりといった形で、残ることになった。この人形、ナキアのスペックは、眠りにつく前から更新されていなかったため、目を覚ますに当たり大幅なバージョンアップが図られた。頭脳であるニューロチップにまで手を加えたのは、デューク。長い間動かしていなかった体躯のメンテナンスを行ったのは、セミラミスである。自らに課したと同じバージョンアップをナキアにも求めた。「守護者ノ一助トナリマスヨウ」とセミラミスは微笑んだ。
 デュークの人型の人形には、主を自ら選ぶ者がいる。ナキアもその内の一体で、守護者を主と選んだのは先にも後にもナキアだけだった。
 主が死んだとき、多くの人形はともに死ぬことを求めた。動力を切り、自ら眠りについたものもある。また、高い能力を乞われ、一時は主の代わりを勤める人形もいた。しかしいずれ寄る辺無い人形は作り手の――デュークの元へ帰ることを願った。デュークも拒否はしなかった。二度、三度と主を買える人形も、数は少ないけれど存在した。「どこに差があるんだろうねぇ」とデュークは笑って言った。
「アタシたちが見えたのかい」
「見えるし、聞こえる。でもそんなに待たなかったよ」
「オ待タセシテ申シ訳アリマセン。いーは・ひゅーいん以外ニ守護者ニトッテ安全ナ場所ナドアリマセンノニ」
「久遠は外にも適応できてるから平気。人の血なんて怖くないよ?」
 にこりと微笑んで久遠は答えた。この子は同じ笑顔を、戦場の中でも浮かべることができるだろうことを、デュークはよく知っていた。
 少女でも少年でもない無性の身体を持つ久遠は、幼いながら確かに十二月守だった。
 どんな表情をして人を殺すのだろう。先代のようににこやかにか、先々代のように荒々しくか。いずれとも違い、いつもと同じように、穏やかにか。
「怖くない、と断言できるたぁ、さすがアタシの見込んだ十二月守だ」
「デュークのことも、セミラミスと一緒に守ってあげる。心配しないで、久遠は狂ったりしないから」
 祖母の事例は、十二月守でさえ狂うということを如実に語っている。最愛の夫を若くして亡くし、彼女は確かに狂ってしまった。
 だから久遠は「狂わない」とはっきり口に出して告げる。
 愛おしいと思うものができたとして、それを亡くしたらやはり狂うのではないか。つい、デュークは興味を持ってしまった。
「だがねぇ、久遠。お前の母親の母親は、そりゃぁ徹底した狂い様だったんだ。アタシぁ直接見たわけじゃないがねぇ、あの猫どもから逐一を聞いてるよ。その狂気に触れて、お前さんの母親も伯母さんも、形は違うとはいえ狂ってるだろう?」
「狂ってないとは言わないけど。でもね、大切なものは全部守るから。おばあさまは、守れなかったから狂った。翠は狂ったおばあさまを生かすために狂った。嵐おばさまは狂ったおばあさまに大事にされすぎて狂った。この環境じゃ、狂ったって仕方無いって思うでしょ、でもね、久遠には空がいる。マリアがいる。あの二人は絶対狂わない。それが――分かるんだよ、久遠には」
 事情は、デュークの知っているものと同じだった。違うのは、マリアを一個の人格として認めていること。デュークにとってマリアは人形と同じだった。セミラミスと同じ、最高の称号を受けるべき人形だった。
「アタシと同じように、人形に依存するのかい?」
「ますたーハ依存ナドシテオリマセンワ」
「人形がいなけりゃ狂人さね、セミラミス。アタシは人形が作れなくなったら死ぬと決めている、狂人なのさ」
 久遠は目を丸くした。
「デュークも狂ってるの?」
 そんなふうには感じない、と言う。
「それじゃぁ久遠、訊くがねぇ、何をしてアタシが狂ってないと証明するんだね?」
「久遠は十二月守だよ。人の心を覗きこむことが、言葉は悪いかもしれないけど、お仕事なんだよ。ちゃんと、狂ってる人とそうじゃない人が見分けられないと、誰を殺して良いのかも分からないでしょ?」

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    2011

02.05

たくさんの君を知ってるつもりだけど 1

 はらり、と花弁がひとひら舞った。
 見上げると、桜は満開だった。
 高台にあるソメイヨシノ。この人工島にただ一本の桜。花冷えの空は高く青く、春を告げていた。

 かつ、こつん。そんな左右非対称の音が聞こえてきた。その隣には、幾分せわしげにアスファルトを歩む音がする。
 久遠は認識の閾値を上げた。見慣れた神父服の男と人間よりは小さな、それでも幼子と同程度の大きさの人形がこちらへ向かって来るのを、幾つかの監視カメラが捕らえていた。首筋のデバイスと繋がっている手のひらサイズの通信機から顔を上げ、彼らが来るのを少し待つことにした。
 守護者は耳が良い。空気の揺れるその僅かな振動を、人より良く聞き分ける。高い音も低い音も、人間の耳よりはよく聞こえる。風を操る守護者の能力のひとつだ。
 故に久遠の母親は人と同程度の音しか聞き分けられない。風を操る能力を持たないのだ。そして、久遠は守護者の長だった。他の守護者よりも強い力を持つ。近親婚を重ねた所為だろう、と、守護者を作った研究者――伯爵は言った。そして久遠と同じ年に生まれた翼持つ天使の姿をした存在を、わが子が生まれたように喜んだ。これこそ目指していた姿だ、と。
 しかし伯爵は、その天使の母の畏れにまったく目を向けなかった。天使は目が見えず、声帯も持たなかったが、風を操る力は長である久遠よりも強く、何よりも精神的に強かった。異形を怖れた母親に疎まれても、全く動じなかった。或いは非情なのかもしれない。
 これが長生きをするならば、目指した守護者の完成形だと伯爵は言っていた。
 目は見えずとも、相手の視覚を借りることができた。声は発せずとも、相手の脳内に直接意思を突きつけることができた。機械の類にオフラインで干渉し、操作することができた。
 できることは、長である久遠よりも多かった。他の守護者達より感情の起伏が少ないのは、その力の強さ故だろうと伯爵は言う。感情でエデンを治められても困るから、それはそれで良い事だと言っていた。
 目が見えないのに、その子――空と名付けられた――は人の目をしっかり見据えて意思を伝える子どもだった。そうしなければ怖れられることを、よく分かっていた。
 ただ、長である久遠とは比較的識閾値が近いこともあり、遠距離での会話を気軽に楽しんでいた。
(デュークとセミラミスが来るよ。空も一緒に遊ばない?)
 時折、母は仕事の合間に外に出る時間を作ってくれる。はじめは一緒に、そのうち一人で、或いは猫と一緒に。あらゆることは経験してみてから判断した方が良いという教育方針だった。空は母親には疎まれたが、久遠の母親である翠には可愛がられていた。二人して出かけることもあった。
(今日はいい。今、マリアとゲームしてるから)
 マリアは翠のルームコンピュータである。守護者の居住区の各部屋には、一台ずつルームコンピュータがあった。起きてから寝るまでのあらゆる動作をサポートしてくれる。マニピュレータに促され顔を洗い、歯を磨き、自動で作られた食事を食べ……。守護者の生活に必要不可欠だった。そのルームコンピュータに、幼い頃の翠は一個の人格ともいえるべき物を与えた。そしてカスタマイズを繰り返し、とうとうイーハヒューインの外にデータバンクを作ったルームコンピュータが、マリアだった。今では「外」に主格がある大変珍しい一例だ。
(終わったらマリアとおいでよ。今日は久遠、1日オフにしてもらったんだ)
 久遠と空、二人のテレパシスに距離は関係なかった。
(じゃぁ翠が代わりをしてるの?)
(ううん、翠だけじゃなくて、海璃とマリアも)
 久遠は翠を母と呼ばない。翠は自分という個体を識別してほしいと言っていた。だから、父親もそれに倣って海璃と呼んでいる。空も久遠と同じように、翠、海璃と呼んで慕っている。
(そろそろ着くね?)
 デュークとセミラミスである。久遠が聞いた音を、空も聞いている。
(そうだね。何して遊ぼうかな)
 足音は随分近付いている。太い桜の幹を足音のする方へ回り込んで待つ。
 久遠に先に気付いたのは、セミラミスの方だった。セミラミスに搭載されている高性能アイカメラは、小さな人影を久遠と判断した。めいっぱい手を上げて、来訪を告げる。
 それを見たデュークも目を凝らすが、まだ認識できない。監視カメラを盗み見ながら、久遠はくすくすと笑って手を振り返した。
「ここだよ!」
 デュークにも桜は見えている。大きな樹だ。セミラミスの集音機は、他の音と久遠の声を聞き分けた。それを主に告げると、ようやくデュークも手を振ってくれた。見えてはいないだろう。
 背は高い。丸眼鏡をかけている。伊達眼鏡ではないことを、久遠は、彼の視覚を通して知っていた。眼鏡がないと視界がぼやける。低めの落ち着いた声は耳に心地よかった。
 何より、守護者に対して、他の人間たちのような興味を示さない。愛玩するわけでもなく、執着するわけでもなく。彼の興味は主に自らの作り出した数多くの人形に向けられていた。
 そのデュークが最高傑作だと褒め称えるのが、隣を歩くセミラミスである。白磁で作られたような白い肌、大粒のピジョン・ブラッドのような瞳、銀糸の流れるような髪、僅かに朱を刷いたような頬、均整の取れた少女の体躯。その背が人の三分の一程度であることと、口から零れるのが明らかな人工音声だということも併せて、彼女を最高の人形たらしめていた。
 日々進化する技術に合わせ、鋼鉄でできた身体をメンテナンス、アップデートし、主であるデュークに寄り添う美しく強い人形。それは多くの守護者にとって憧れでもあった。セミラミスを知る者は皆、口を揃えてその強さが羨ましいという。常に嫣然と微笑み、取り乱したり狂ったりしない。

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    2011

02.03

追憶

『兄様が傍に居て呉りゃるなれば、妾は此の話、受けましょうぞ』

 その悲しい声音を、ソフィアは忘れることができなかった。大人になれない少女の、搾り出すようなか細い叫び。
 今でも時折夢を見る。
 その時持っていた身体は、すべて機械に置き換わっている。脳だってそうだ。生体脳を欠片も持っていないソフィアは、人間と呼べるのかどうか。
 眠りを必要としないのに、白昼夢を見る。
 一時側に暮らした少女の、白昼夢を見る。
 機械の脳が見ているのは、本当に夢なのだろうか。
 記憶は記録として移植された。イメージの強い記憶ほど捜し易い場所に記録される。
 機械の脳でソフィアは夢を見たが、それはイメージの繰返しに過ぎないのだろうか。

 ロッキングチェアで、寛いでいた。戦争で手足を、身体を、機械化した者は多い。機械化技術はエデンを代表とする人工の和平締約都市で発達している。ソフィアは、そのエデンのトップに君臨する科学者だった。けれど、人々は口々に言う。イカレ技術者(マッドサイエンティスト)だ、と。
 それにソフィアは反論しなかった。
 ――思うなら思え。思想は自由。
 戦争屋に比肩する鋼鉄の身体を手に入れたソフィアは、自分に被害さえなければ大概のことは笑って通した。
 涙は捨てた。月面研究所の事故で母と妹を失い、移り住んだエデンの前身の研究施設で父も失った。エデンと名付けられた研究施設で得た親友はエデンの柱となり、臨月の近かった友人も失い、ソフィアに遺されたのは友人の体内にいた幼子ともまだ言えない赤ん坊一体だけだった。
 否、もう一人。
 幼い頃は「博士」と呼んで懐いていた、冷めた目をした科学者が残っている。エデンの柱となった親友の実の兄であり、その少女が淡い想いを寄せている唯一の人である。
 彼女は生体コンピュータの核となった今でも兄を慕い続けていた。
 ソフィアは一人だった。慕う人も、頼る者も、なかった。
 ただ、気紛れに、手に入れた形になった一体の赤子を左右に割いた。割いたと言えば聞こえが悪い。科学者の悪い性だった。頭蓋を開き、脳を左右に別けた。足りない器官は生体科学と機械技術とクローニングを駆使して、一人を二人に増やした。
 今、赤子は培養液の中で育っている。区別をするため、右脳側には「R」、左脳側には「L」とプレートに刻んだ。
 これは我が子だ、と思っている。全身を機械化した自分に相応しい、歪な子どもだ、と思っていた。
 望む形ではなかったが、親友が助けてほしいと願った子ども達は代を重ねて守護者と呼ばれるようになった。
 それらは親友の子だと思い、見守ることにした。
「いずれ、出会うか……」
 出会うだろうか。自分と親友のように、親交を深めてくれるだろうか。そして、自分たちのように、引き裂かれてしまうのか。今、自由に会うことができるのは、システムの調整を行っている彼女の兄一人だけだ。ソフィアは担当者ではないという理由だけで、少女に会うことができなくなってしまった。
 それを決めたのは、既に死んだ研究者達だ。破ったからといって咎める者はない。
 咎めるとすれば、自らだ。
 女史と呼ばれ、人を顎で使う身分になった。それがすべて煩わしく思えてならず、ソフィアはエデンを出たり入ったりした。機械化率はとうとう全身に及んだ。

 今ではたまに、少女の方から話しかけてくる。ソフィアはそれを笑顔で迎える。
 はじめて会った時とは、お互い姿が違うけれど。
『元気かや。其方の子らはどうじゃ』
「あぁ、エーダ。お察しの通り元気。あなたも調子が良さそうで何より」
『妾が子等も随分増えた。妾がいつまで持つやら、親の実験の先行きは分からぬが、其方が居て呉りゃる故、安心して居れる』
「あなたの両親も思い切った実験したわね。他に被験者はいなかったのかしら」
 昔、ドーピングを受けた兵士の寿命の極端な低下が、戦争を行う世界で問題になっていた。殺し殺され死ぬのではない。薬害だった。それを防ぐための薬の開発が叫ばれたとき、ルードヴェルゲン夫妻という著名な研究者が寿命を延ばす薬を開発した。犠牲になったのは、数多くの実験動物と、自らの子供達。夫妻が死んだ後も二人は寄り添って生き続けた。
 二人を分かつものはなかった。エデンという都市計画ができるまで。
 そしてその計画も、二人を決定的に分けるものではなかった。エーダは兄と離れることを拒み、ヴァレリーはそれを受け入れた。
『妾には分からぬ事じゃ。兄様なれば何ぞ知っておるやも知れぬ』
 長い時を掛け、兄は両親と同じ科学者になった。蔡氏を後ろ盾に、強い力も手に入れた。すべては妹・エーダの為に。
「博士は何も言わないわよ。エーダが幼かった頃から一人で守ってきたのでしょ。私に分かるのはそれくらいね。あの人は私には喋らない」
 親が作った薬の化学式は、二人の兄妹とともに高値をつけられて各地を転々とした。美しい兄妹は観賞用に、複雑な化学式は富を得るために。じきに兄は、化学式を理解するようになっていた。その頃には、機械化技術も進んでいたが、安価なドーピングは兵士の欲しいゲリラに大量に供給されていた。兄妹に投薬された薬も、多少高値ではあったけれど、優秀な兵士を生き残らせんがため、やはり大量に作られていた。
 ただ、人を選んだ。
 すべての人を一様に長寿化させるものではなかった。
 現に、ソフィアにも薬は効かなかった。永遠を生きるかもしれない親友の話し相手になるため、ソフィアは自らを機械化することを厭わなかった。
 死ぬのはどうでも良かったが、残された方は哀しい。居た堪れない。何度も喪失を経験した親友には「自分の喪失」を経験させたくなかった。家族すべてを奪われた生体科学の実験に手を染めたのは、何故だったのだろう。思い出せない。重要度の低い情報として記録の奥底に眠っているのだろう。
『母になるがは如何様な気分じゃ?』
「実感ないわ。腹の中にいるわけじゃないもの。エーダはどうして守護者を助けたの?」
『さて。人の形を成したものが壊されゆくを、悲しゅう思うたのやも知れぬな……』
「でも、守護者の母よ、あなたは。自らに繋いで育んで、自ら望んで助けて、繁殖まで許させた」
『そうじゃな。もう良かろうと思うた』
 エーダは科学者ではない。エデンに捧げられた人柱だ。彼女がいるからこそ安定することのできたシステムマザーを、非人道的だと非難する研究者はいなかった。研究者としては駆け出しだったソフィアに、否やを挟む余地はなかった。
 だから涙を封印した。臨月の友人が事故にあった時、流す涙をソフィアはすでに失っていた。
「一人はさみしくても、二人いれば何とかなるわ。私がいなくても二人でいれば、私の子ども達も平気かも知れない」
『其れが二人に分けた理由なのじゃな』
「そう、後付けのね。本当のところ、何でそうしたかなんて分からないのよ。ただ、何となく、なるべくしてなっただけ」
『そう、成るべくして成ったのじゃ。妾もそう思うえ』
 つまるところ、理由などないのだ。
 神のみぞ知る。
 ロッキングチェアに揺られ、ソフィアはふふ、と笑った。
「三百年近く生きてきて、初めて子供を持つわ」
『詰らなんだら如何にする』
「そんなの」
 微笑顔で答える。
「捨ててほとぼり冷めるまでエデンの外に出ることにでもしようかしら」
『簡単に言うのう』
「エーダも博士もいるんだもの、心配なんてないわ」
 こぽり、と培養液の中を空気が通る。
 聞こえているのだろうか。胎児は外の音を聞くという。
 聞こえていたとしたら、どう育つだろうか。
 育ててみなければ分からない。不確定要素が多すぎる。それは案外楽しそうなことだ、とソフィアは思った。
「完全にエデンを出るつもりはないわよ。エーダがいるもの」
『妾の為に残ると?』
「三百年近く親友だった人を見捨てていけるほど、人間捨ててはないつもり」
 ほほほ、とエーダが声を立てて笑う。
『既に人であるパーツなぞ無かろう。したが其方が言葉じゃ、妾は信じようぞ』
「ありがとう。これで安心して子供をわがままに育てられるわ。何よりエデンの基幹システムが保証した人生だものね」

 十代目守護者が生まれる少し前のこと。
 女史と呼ばれる科学者と、眠り姫と呼ばれる被験者の、僅かな時間の共有だった。
 秘密を共有する少女同士の、他愛のないお喋りだった。


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    2011

01.13

狩り

 その小さな頭に植えられている髪の毛を左手で鷲掴みにすると、リイザは右手を一閃させた。手の甲につけた超振動ブレードが、ざっくりと細い首を切断する。千切れ飛んだ小さな身体が地面でバウンドして動かなくなると、噛み付こうと動く頭をしっかと両手でホールドした。
 睨み付けて言う。
「観念しなさい、お馬鹿さん」
 負けじと、小さな頭が口を開いた。
「許さない」
「別にあんたから許してもらう謂れはないわ、レッドラム」
 小さな頭は、尚も激しく動こうと抵抗を見せるが、リイザにとっては赤子の手を捻るようなものだった。そのまま両手に力を込めると、人形の頭の外郭が歪み、割れ、四散した。
 その中から回収を依頼されたチップを探し出し、尖った爪で器用に拾い上げた。行動、認識、映像のすべて詰まった小さなチップである。これの出来不出来で人形の良し悪しが決まる。
 高性能だからといって良い人形というわけではない。現に、人よりよほど強かったこの人形は、主を失った後「レッドラム」と呼ばれる殺戮人形(マーダードール)に変貌していた。転々と在所を移しては、主持ちの人形を破壊し、ドールオーナーをも葬っていった、「狂ってしまった人形」だった。
 今では初代と呼ばれることになった人形屋デュークの死後、時折デューク製の人形が世間を騒がせた。多くは殺戮の当事者として。それらの狩りは、表向きには人形の修理・解体屋であるリイザと、そのパートナー・ライザが主に行っていた。人形のスペックを知り、なおかつその人形たちに比べ、よりスペックの高い鋼鉄の身体を愛用していたからでもある。
 彼女らは、別名楽園の猫とも呼ばれている仕事屋でもある。単に猫どもと呼ばれることも多い集団は、彼女らと一名の守護者、一体のコンピュータの合わせて4名で構成される。守護者は情報屋でもあり、表舞台には滅多に立たない。自身が猫と懇意であることは明かすが、猫の一員であるとは漏らさなかった。若干名知る者は居る。けれどどちらの仕事にも支障ない程度に、である。
 人形狩りには、ライザや守護者とそのパートナーであるコンピュータも立ち会うことが多かったが、今回はリイザ一人の仕事だった。
 偶然見かけてしまったのだ。血に汚れた煤けた衣装の人形が、主の横を歩く人形の頭部を破壊したところを、そして驚く主人の頸部を切り裂き、そのまま逃走するところを。
 人が死ぬのは構わない。気分ひとつで人の死を弄ぶのは、猫の得意とするところだった。
 けれど、デューク製の人形が暴れるのは別だ。デュークの名を落とすわけにはいかない。特別警備隊が手配をする前に抑える必要があった。
 なぜならば、デュークの名を継いだ人形が、まだ人形屋を営んでいるからだ。そして、初代が「最高だ」と褒め称えた人形の愁眉が曇るのも、余り見たくはなかった。
 人形は、微笑んでいるのが良い。
 それが、修理・解体屋を営む上での心情だった。人間など、どうでも良い。
 狂った人形は哀れだと思う。高性能だからこそ狂えるのだと訴えても、人工島エデンの住人の安全を謳う大企業とは表舞台ではやりあえないだろう。何より、同じデューク製の機体を使っていることの多い自身にも飛び火しかねない、リイザにとっての大事件だった。同じように狂うのではないかという不安を、依頼者に気使わせたくなかった。
 猫がデューク製の機体を愛用しているのは、よく知られた話だった。勿論、そればかりを使っているのではない。大陸の方で軍用に使われている無骨な機体でいることもあった。「可愛くないのよね」というそれだけで、リイザが愛用するには至らなかったが。見た目と性能が一番気に入っているのが、本来ならば人体用の機体を作らない人形屋だったというのもおかしな話ではあるが、軍需品でもフォルムさえ美しければリイザもライザも問題にしない。外側だけデザイナーに発注することもある。
 事実、今リイザが使っているのは、蔡氏による大陸仕様の高性能品で、外見は人形デザイナーに作らせたものだ。
「こうまでバラバラにしなくちゃ止まらないって、どういう製品作ってたのよ」
 製品ではなく作品だ、と彼なら訂正するだろう。チップは解析されて次の新作に生かされる。二度と狂うことが無いように。デュークが三代目のニュクスになってから続けられている作業である。
 人形が人形を作るというのもおかしな話だが、ニュクスに代替わりしてから作られた製品で、狂ったものは一体もない。ニュクスは、デュークが唯一作った機体ではない人間大の人形である。髪の先から爪の先まで拘りに拘って作った、人間と人形の境界線上にある人形だ。身体を巡るオイルは赤く着色され、最外部は有機体の皮膜によって覆われている。指先を切れば赤い血が流れ、それを自動修復機能で治すこともできた。
 初代デュークがはじめに作った人形は人形であることに拘り、最後に作った人形はより人間らしさに拘った、いずれも傑作である。
 二代目にデュークの名を短期間繋いだ「はじめの人形」セミラミスは、デュークの死後、ニュクスの誕生までデュークの名を守った。
 ニュクスは、初代デュークが唯一完成させられなかった人形でもある。

 リイザが無理やりこじ開けた扉の向こう側に、ニュクスは端然と佇んでいた。裾の長いドレスを着ているが、胸はない。デュークの人形にしては珍しく、性別を持たない。
「いらっしゃい、久し振りだねぇ」
 口振りは、初代とよく似ていた。ただ、低い男の声ではなく、澄んだアルトだった。
「また一体、居たのよ。レッドラム」
 小さなチップを指ではじいて飛ばすと、ニュクスはちょうど胸の真正面で受け止めた。
「兄弟姉妹がこういう姿になるとねぇ、アタシだって心が疼くのさね。……アタシに心があるとすれば、だけどねぇ」
「解体料はいつもの口座に振り込んどいてね」
 チップは二つあった。はじめに壊された人形と、自分で壊した狂った人形と。
「元通りにしてあげたいところなんだけどねぇ、こういうのの修復は難しいんだょ」
 こういうの、とは、勿論狂った方である。
「狂ってないほうも、主人が居なくちゃ狂うかもしれないんでしょ、やめとけば、修復なんて。解析にかけた後には、大事に仕舞っときなさいよ」
「狂うまでの執着は、どうプログラムされたんだろうねぇ」
「それはデュークも分かんないって言ってたわよ。狂うってのじゃなく、ご主人様を選ぶか選ばないかの話だったけど」
「アタシの主はアタシに設定されてるんだよなァ、これが。初代がそうしろって言ったのか、先代がそうしたのかは知らない。ただ、アタシの拠り所はアタシにしかないってのは、時々妙に不安になるもンさね」
 人形に、不安も安心もあったものではない、と思う。では、半分機械の自分ではどうなのか。
 頭蓋の中身の半分は機械脳である。ライザとお互いに高性能化している、立派な機械だ。残る半分の脳に、心が宿っているのか。
 人工培養された筋繊維にも、心は宿るのか。だとすればニュクスは一体『何』なのだ?
 答えは出ない。
 代わりに、ふふ、と笑みが漏れた。
「アタシの拠り所はアタシにあるわ。それって一個の個体として当然でしょ。悩める機械だなんて、たぶんあって良いものじゃないわ。あんたは境界線上に居るのよ、ニュクス」
 おそらく、狂う人形も境界線上に居るのだ。皆、危険な綱渡りをしている。
「リイザさん、アタシにゃァ魂がありますかねぇ」
 デュークの人形には魂が宿るとも言われていた。今は魂の有無を言う者は数少ない。
「アタシにあるんだったら、あんたにもあるかもね」
 魂の所在などどうでも良い。今生きて、何を望むか。それさえはっきりと見据えられれば良い。
「アタシたちはデューク製のレッドラムですら傷付けることができないように、精進するだけ。あ、あんたは弱いから表に出ちゃダメ」
「初代製の人形に勝とう何ざぁ、これっぽっちも思っちゃァいないょ」
 ニュクスは自分もそうであるくせに、兄弟機は皆自分より強いと思っている節がある。他の兄弟機には無い簡易自己修復機能があっても、である。仕上げをデュークが行えなかったというのもひとつの要因かもしれないが、不思議な思い込みだった。
「まぁ、表面傷ついたところで、頭部を破壊されなかったら再生可能だから、多少の無茶は止めやしないけど?」
 にっこりと笑ってリイザは言い放った。

 以前、教師役だった初代デュークに、実年齢だけは幼いリイザが聞いたことがある。
「どうしてデュークの人形はみんな表情があるのよ?」
 彼は笑って答えた。
「そうさなァ、アタシが愛でて作りあげるからじゃないかねぇ」
「生きてても表情ない生き物がいるのに、変なの。そうそう、面白い生き物を拾ったのよ。殺そうと思ったけどやめたの。虚ろな目をしてアタシを見上げる、人形のような生き物」
「そいつぁ人間じゃァないのかい?」
 聞かれて、その耳元で、蠱惑的に囁いた。
「ダレにも内緒よ、守護者なの」
 誰かに言いたくて仕方がない、というような悪戯な瞳で、デュークを見据えた。
「それが、表情がないのかい?」
「これからアタシが表情ってヤツを教えてあげるのよ。だから、デュークがどうやって人形に表情つけるのか聞きたかったの。それだけ」

 結局当時表情のつけ方は分からなかったが、それがプログラムだったのを知ったのは随分後である。
 ――アタシ、なりだけはでっかくてもおバカだったから、ころっと騙されちゃったのよね、あの人の良い微笑みに。
 後でそうリイザは述懐した。

 人形は、今日も狂うことだろう。主人の変死を止めるのは傍に付き添う人形しかないとは言え、人間の生命には限りがある。
 人形を潰したその両の手で、リイザはニュクスを抱きしめた。
「やっぱりこのくらいの質量がないと、抱きしめ甲斐もないのよね」
 リイザが人形を傍に置かない理由だった。人形よりも面白いものがある。リイザには、それだけで充分だった。
 初代デュークは、寡作ではなかったが多作でもなかった。人形狩りが終わる日も近かった。
 丹精込めて作りあげた人形が潰されていくのを、リイザにもニュクスにも止める手立てはなかった。むしろ狂えば積極的に狩っていた。
 それでも。
 デュークの遺した愛おしい人形達を一体でも多く助けるため、人形狩りを終わらせることはできなかった。

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    2010

12.16

Voi che sapete

ヴォーイ ケッ サペーテ

 高らかに謳え、わが世の春よ!

 令夫人(リンフーレン)と呼ばれることに、異存は無かった。どんなプレゼントより嬉しい、待ち遠しい誕生日である。
「どうしてカヤたち、同じ日に生まれたのかしら」
「こうなることを見越してたんじゃないかな」
 白い壁、白い天井が研究室に見えないのは、暖かな床暖房の入ったフローリングの床の所為。毛足の長いラグが敷かれて、その上に珍しい紫檀の鏡台がある。
 十二月二十五日。世間ではクリスマスだという。キリスト教の聖者キリストの生まれたことを祝い寿ぐ日である。エデンでは聖暦三百六年、カヤは十二月守としてはじめて、エデンの外へ嫁ぐ。先例が無いわけではなかったが、先の出奔者は当時の荒れる十二月守の心の隙間を突いて外へ出た。今回は、次期十二月守も笑って送り出そうとしている。大変な違いだった。
「クオン、カヤにはもう伝えることはないし、手伝えることもないわ」
「分かってる、カヤさん。クオン、ちゃんと習ったとおりにできるよ。令家を世界会議に引っ張ってきてね。待ってるから」
 カヤが恋したのは、アメリカ大陸LAに一家を構える華僑の商人の跡取り息子だった。だがまだ家は小さく、カヤが華々しく活躍していた世界会議になどとても呼ばれるわけがない家格だった。恋した相手の祖父がまだ健在で、一家を切り盛りするのはその奥方だという。
 外交を担っている父親は、彼とよく似た長身の紳士だった。蔡氏に近付き、近頃龍の勢いで力を増してきている一家だ。
 家、というからには、一族の絆が強い。主要な役職を一族で埋めて、それが幸いにも成功に繋がっている。人工島エデンへの自由渡航も、カヤが十二月守である間に取得している。
 だからこその、クオンの「待っている」発言だった。カヤならば、その一家の力になるだろうというのだ。
 エデンのデータバンクや基幹システムが使えないのがどのような状況かは、カヤにもクオンにも分からない。生まれたときから、あるのが当たり前だった。
「エーダにも会えなくなっちゃうわね」
 人工島エデンの一般回線からは、基本的に基幹システムであるエーダには接触できない。許されていない。今は十二月守だからと特別に開かれている回路も、イーハ・ヒューインを出たら閉ざされてしまうだろう。
 けれどそれは、猫たちのようにハッキングすればいいことだ。いけないことだと知りつつも、彼女らは躊躇しない。一事が万事、命取りになる。
「さよならなんて言わないよ。だってカヤさんは、令夫人になるんでしょう」
 それならば、自由にエデンへ出入りできる。
 カヤはにっこりと微笑んだ。
「もちろんよ。蔡氏と肩を並べるほどに、大きくなってみせるわ。幸い時間はたっぷりあるの」
「クオンはあと二十年ちょっとくらいかな。ママやカヤさんみたいに長生きしようとは思わない。エーダを支えられるなら、システムの一部になっても良い」
「生きて支えようっていうスイとは別方向の考えね。良いんじゃない、別にお母さんと別の道を選んでも。…それに正直、アレは誰にでもできることじゃないもの」
 恋さえしなければ、自分もクオンと同じように、エーダを支えるシステムの一部になっていただろう。容易に想像できる。それが当たり前だったのだ。
 ただ、自分の両親がシステムに組み込まれるのは嫌だった。「一般的には支配とか使役というのよ」とリイザに囁かれたのも、原因のひとつかもしれないが。ともかくも、そのとき生きていた九代目は全員月の人工都市へと送り出した。キリエと名付けられた人工都市は、エデンの姉妹都市だった。エデンとは違い、静寂に包まれている。選ばれた清らかな人間しか行けないとされているが、実のところ人間は短期滞在しかしない。
 このキリエの建設を担ったのが、蔡氏を集中とした華僑のグループだった。その中に、令家もいる。厳重に人となりを調べられた後、一部だけが選ばれてキリエの巡察を行ったらしい。「らしい」というのは、カヤの先代、九代目に行われたことだったからだ。カヤは生まれておらず、当然クオンも知るところにない。ただ、記録が残っているだけだ。
「令家の子どもってわかってた?」
「あのひとが? まさか! お互い一目惚れだったのよ」
「心を読む守護者なのに…?」
「出会い頭よ。読む暇なかったわ」
 嘘ではないのはすぐに分かる。お互い守護者で、十二月守だ。本当は、言葉など要らない。
「三年待ってくれってスイに言われたときは、まるで塔に閉じ込められた気分になったものよ」
 三月守のトウカが令家の跡取りを刺した事件は、ニュースになる前に記憶操作で揉み消した。
「死んでないって知ったときは、心底ほっとした。結局、トウカ姉さまは狂っちゃったけど。――人の血は、守護者を狂わせるのよ。カヤの所為」
「あのときのトウカさんの悲鳴は、まだクオンも覚えてる。あんなに切ない悲鳴はなかった」
「スイの記憶操作しろって言う怒声がなかったら、カヤはその場に立ち尽くしたままだったでしょうね。あの場のことを覚えているのは、カヤたち守護者と刺された当人だけ」
「あのときトウカさんを隔離したのは正解だったと思う。でも、今まだ隔離されたままっていうのは、正直わたしには厳しい。夢見月の託宣って、やっぱり頼りたくなっちゃうから……」
「クオンちゃんは直接エーダさんに訊けばいいんだわ。それを許されてるじゃない」
「でもその為にわざわざ二十六区へ行くの?」
「そこなのよねぇ」
 ランク外の危険区に指定されている二十六区ユーフォリアに、エーダに会うための道がある。そこを守っているのは、一人の男と、一体の人形。その二人がどれほど強いか。男は、このエデンがまだ構想であった段階から関わっているという。少なくとも、エデンができてからでも三百年完璧に守り続けている。
 二十六区と一区の地下は繋がっているというが、それは建設当初のこと。いや、今でも通れないことはないらしい。クラッシャー・フウナが偶然辿りついたこともある。何を壊して通ったのかは定かではないが、いくつものゲートがあり認証が必要だったことだけは聞き及んでいる。――勝手に開いて勝手に閉じたとフウナは言い張るが、どう見ても「天然に」クラッキング操作を行ったとしか考えられない。クラッシャーの異名を持つだけの事はある。
「ねぇ、恋ってどんなもの?」
 訊かれて、カヤはクオンを抱きしめた。
「こういうものよ」
 イメージが渦巻く。
 十二月守が繋がれる硬質な電脳世界ではなく、華やかで彩りのある、アップテンポな心象だった。話すよりも、当然早い。
「穏やかな恋もあるのかもしれないわ、激しい嵐のような恋も。でも、これがカヤの恋よ」
 潔かった。実の姉を狂わせても、意思は変わらない。
「クオンにはまだまだ早いわね」
 ようやく六つになった幼子の頭を撫でる。自分が十二月守を継いだのは九つのときだった。それより三つも幼い。
 これで手を離してしまうのが惜しいようにも思える。けれど、それより、喜びのほうが大きいのだ。
 なぜこのテンションを保ち続けられたのだろう。分からない。分からないけれど、すべてに勝る優先事項だった。どう思われるかなど、気にしていては始まらない。
「スイとクオンに甘えるわ。トウカ姉さまとエデンをお願い」
「まかせて!」
 きらきらと瞳を輝かせて、幼い子どもは胸を張った。
 それが眩しくて、カヤはもう一度クオンを抱きしめた。
「……ありがとう」
 晴れやかな気持ちで外に出られる。それがこの親子のおかげであることを、長い一生忘れまいと、カヤは心に誓った。

 寒い冬の、よく晴れた朝だった。

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