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    2011

02.05

たくさんの君を知ってるつもりだけど 3

 だがその「仕事」は狂っていてもできる。久遠の「おばあさま」は完璧にやってのけた。愛する夫と娘を失い、二人を殺した恐ろしい悪魔を厭うた、そのことだけが彼女を狂人たらしめた。少なくとも、彼女は死ぬまでその考えを変えなかった。そして、その事象に関すること以外では、全く狂ってなどいなかったのだ。外交も内政も、機械のように完璧だった。ただ一度衝動的に街を破壊しただけで、彼女の風の刃が翠以外を襲うことはなかった。
 罪人は公平に裁かれ、善人は安楽を全うできた。
 月には守護者の思惑の加わった新しい人工都市が築かれ、世界的な交渉のテーブルには必ずと言っても良いほど彼女の姿があった。「風の魔女」――守護者の力と彼女の剛腕を、人々はそう讃えた。仕事では手腕を発揮する男が家庭では暴力を振るうことがあるのと同じように、彼女は外と内の顔を持っていた。犠牲者は、二人の娘だった。
 一人は、夫と娘自身を殺した悪魔と罵り傷つけた。
 一人は、愛した夫の忘れ形見と慈しみ愛おしみ殻に閉じ込めた。
 一人の娘は考えた。自分を傷付けることで自我を保てるならば、父の最期の言葉に従っていくらでも此の身を差し出そうと。
 一人の娘は考えた。母の言う通り、世界は悪意や害意に満ち溢れているから、殻に閉じこもらなければならないのだと。
 それらはすべて記録された。十二月守に係わる記録は十二月守にしか閲覧できない。先代華耶はすべてを二人の娘に伝えた。一人は許容し、一人は拒絶した。
 許容したのが久遠の母であり、拒絶したのが空の母だった。
 久遠にも、華耶から伝えられたことはたくさんあった。何故そんな恐ろしいことを教えられなければならないのか、幼い久遠は混乱した。それでも根気良く、翠も二人の猫も巻き込んで、記録は記憶として久遠に引き継がれた。
 二人の猫がなぜ知っていたのかは、デュークに言うべきことではない。ある程度事情を知っているデュークでも、猫どものことは久遠が伝えられる範疇外だった。デュークに伝えるならば、あの二人の許可が必要。デュークが興味を持っていることは分かっていたが、そこはしっかりと一線を引いていた。
「殺して良い人間と殺してはいけない人間を、狂っているかどうかで決めるのかい?」
「うーん……ちょっと違うんだけど、だいたい合ってる。その人が狂ってても狂ってなくても、周りに悪い影響があるなら、殺すべきリストに並べちゃうな」
 そして、徹底的に調べ、殺して良い理由が明瞭になれば、殺すのだという。エデンの住民の安全を図る為に。
 けれど、殺せるのは十二月守だけだ。他の守護者は、人の血を恐れる。人の血に触れれば、狂ってしまう。
 忙しい十二月守にはいちいち一件ずつ対応している暇はない。だから人工島エデンは楽園たりえない。特に、十二月守が代替わりした後は最悪だ。慣れない激務に、多くの十二月守は憔悴してしまう。その精神的支えとなるのが他の守護者であり、肉体的支えとなるのが、これまでの守護者が人柱となった巨大生体コンピュータだった。
 眠り姫を基幹とした生体コンピュータには、寿命を迎えた守護者が多く繋がれている。人よりもコンピュータに親和的な守護者に与えられた、それは使命だった。
「お前さんは良い子だねぇ」
 のほほんとデュークは久遠の頭を撫でた。その隣で、セミラミスは嫣然と微笑んでいる。
「アタシが思うに、お前さんは狂わないで守護者の生を全うできるだろうよ。空がいて、マリアがいて、猫がいて、翠がいる。何より伯爵はお前さんの味方だ。忘れちゃいけない、あのお人は確かに狂ってるが、お前さんに有用な人間だ」
「有用無用で判断しちゃだめだよ、デューク。そんなことをしたら、エデンは廃園になる」
 要するに久遠にとって無用だらけだ、と言っているに等しい。
「殺すことに躊躇いは感じないけど、人ひとり分の熱量情報量が減ることにはそれなりの意味があると考える。……分かってないね?」
「あぁ、分からないねぇ。何せアタシぁ頭が良い方じゃぁない」
「人形作れる人が頭悪いなんて、誰も思わないよ」
「職人馬鹿ってヤツさぁな」
 一種の照れ隠しだと久遠は判断した。背には似合わず大きいが繊細そうな掌から感じるのは、優しさだった。
「デューク、久遠が死ぬまで見ていてね。その代わり、守護者はデュークの人形の後見になる」
 簡単に言うが、容易いことではない。守護者の生は限られているが、人形の駆動機関はメンテナンスさえ怠らなければ永遠に等しい。
「守護者はいつか天使になるよ、空のように。地上のしがらみから解き放たれて、強くてしなやかで強い存在に。だから守るものが必要なんだ。放っておいたら空へ飛んで行ってしまうからね」
 その頃には守護者はエデンに執着しないだろうことを、聡い幼子は予見していた。それを恐れているのは、守護者を創った伯爵と女史であることに、あるいは守護者に支えられている眠り姫であることに、久遠は気付いていた。
「お前さんは少し頭が良すぎるようだねぇ。もっと簡単に考えてみると良い、世界の色は違って見えるだろうに」
「考えないと、ダメなんだ。思考停止したら、エデンが世界に喰われちゃう。久遠がいなくても空がエデンを守ってくれるように、考えて考えて考えなくちゃならない」
「お前さんの母親のように、永遠に生きることは選ばないのかい?」
「確実に狂うのが分かってて永遠を望むの?」
 十二月守だからといって狂わないという確約はないのだ。些細なことで狂った場合、狂ったまま永遠を生きることになる。守護者は人に交われば狂う。人の思考を覗き続けて正気でいられるわけがない。
 久遠はよく分かっていた。自分のやり方で持つのは、長くて四十年。その内十年をもう過ごしてしまった。残り三十年。それを過ぎれば、確実に狂うだろう。
 翠は永遠を望まれた時、すでに狂っていた。その狂気は人には分からなかったけれど、守護者すべてがいなくなれば自死を選ぶだろうことは久遠と猫との間で確認されている。「母が望んだ守護者の安寧を守ること」を己に課しているのだ。父の、母を守れという願いはすでに叶えられた。身体中を傷だらけにしても、それを必要とされている証だと言って。
「――そうさな、お前さんの母親は、確かに狂った後だった」
 母の願いを、翠は無下にはできなかった。私と私の愛し子達を、永遠に守って頂戴ね――守護者を永遠に頼むと、「夫に」頼んだのだ。優しく優しく抱きしめて、父親そっくりに育った娘にキスをして、狂った彼女は死んでいった。
「どんなふうに狂うか分からないのに、狂う前に永遠を望むのは、エデンの住人に対して悪いと思わない? だって久遠は、力持つ十二月守なの」
 彼女は、生体コンピュータに繋がれている。死んでしまえば意識はない、狂っていたのも不問だ。意識はあるのかと探ってみたが、生体コンピュータで意識を保っているのは基幹となっている眠り姫だけだった。
「意志が強い、良い子だなぁ。あのスイの子供だとは思えない」
 いや、だからこそ、か。悪魔と罵られても、翠はまっすぐ育った。
「良い子にはご褒美をあげよう。アタシの人形以外で、アタシに何かプレゼントさせてくれるかい?」
「ほんとう? うれしい! それじゃ今日は、デュークとセミラミスと一緒に、イーストモールでお買い物!」
「表情の良く変わる子だねぇ」
 無表情と微笑みと、全開の笑顔と。まだ怒りの顔は見たことがない。悲しむ顔は見た。随分と『参考』にさせてもらっている。
 有機物と無機物の違いはあっても、人の手で作り出されたものに違いはない。この笑顔も、作られたものだ。ただ、自分の手で産み出したものではない。
「久遠は大人しい方だよ? デュークのトコのジゼルと似てるって言われる」
「ありゃぁ大人しいっていうもんじゃない。はにかみ屋って言うんだ。物怖じしない久遠と似てるところなんざぁこれっぽっちも無いさね」
「初期のジゼルを久遠、知らないもんー。華耶さんに教育された後のジゼルは、きっと物怖じなんてしないよ。はにかんで見せておいて、すごく大胆」
 くすくすと笑う。縦に長い男の、細かい作業をするに似つかわしい優しい手に纏わりつきながら、くすくすと。
 性別が無いにしては、人を魅了するなよやかな仕草に思えた。これだから人は、守護者を愛玩したがる。そう執着する人を、守護者は怖がる。
 けれど久遠は怖がらない。だから人は戸惑う。これは何だ、と。
 心を読まれることを知っていて平気で付き合える人間などそう居はしない。既に人ではないといえる眠り姫は別にして、伯爵や女史はそれを望んでいたから兎も角、デュークの他には猫どもくらいのものではないか。もう一人、蔡主も心安いと噂に聞いたことがある。いずれにしても、多い人数ではない。それ以上のことをデュークは知らない。知らなくても良いと思っている。
 人間にしてはたくさんの守護者のたくさんの表情を見てきたと自負はしている。直接は知らないことも、間接的に見せてもらっているとも思う。
「久遠、お前さんは強いから平気で人を踏みつけるがねぇ、守護者のほとんどは人に踏みつけられる側だ」
「だったら踏みつけた人を殺してあげるよ?」
 にこりと微笑んで見上げる瞳は、猫どものように強かった。
「アタシぁ色んな人間を知ってるつもりだけどなぁ、お前さんほど油断ならないのはそう居やしないねぇ」
「褒め言葉と受け取っとく!」
 笑顔を桜の花弁が彩る。
「マァ、見事ナ桜吹雪デスコト」
 笑顔を見上げたセミラミスが、そのまま視線を移し、うっとりと呟いた。

 この桜の見える場所では、大きな争い事は起こらないという。
 それが二十三区を安全な場所にしているのかもしれない。
 塒にするデュークにとっても、気軽に遊びに出られる久遠にとっても、この桜はとても大切な場所だった。人工島エデン二十三区創建当時からあるという、不思議な場所だった。
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