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    2011

02.05

たくさんの君を知ってるつもりだけど 1

 はらり、と花弁がひとひら舞った。
 見上げると、桜は満開だった。
 高台にあるソメイヨシノ。この人工島にただ一本の桜。花冷えの空は高く青く、春を告げていた。

 かつ、こつん。そんな左右非対称の音が聞こえてきた。その隣には、幾分せわしげにアスファルトを歩む音がする。
 久遠は認識の閾値を上げた。見慣れた神父服の男と人間よりは小さな、それでも幼子と同程度の大きさの人形がこちらへ向かって来るのを、幾つかの監視カメラが捕らえていた。首筋のデバイスと繋がっている手のひらサイズの通信機から顔を上げ、彼らが来るのを少し待つことにした。
 守護者は耳が良い。空気の揺れるその僅かな振動を、人より良く聞き分ける。高い音も低い音も、人間の耳よりはよく聞こえる。風を操る守護者の能力のひとつだ。
 故に久遠の母親は人と同程度の音しか聞き分けられない。風を操る能力を持たないのだ。そして、久遠は守護者の長だった。他の守護者よりも強い力を持つ。近親婚を重ねた所為だろう、と、守護者を作った研究者――伯爵は言った。そして久遠と同じ年に生まれた翼持つ天使の姿をした存在を、わが子が生まれたように喜んだ。これこそ目指していた姿だ、と。
 しかし伯爵は、その天使の母の畏れにまったく目を向けなかった。天使は目が見えず、声帯も持たなかったが、風を操る力は長である久遠よりも強く、何よりも精神的に強かった。異形を怖れた母親に疎まれても、全く動じなかった。或いは非情なのかもしれない。
 これが長生きをするならば、目指した守護者の完成形だと伯爵は言っていた。
 目は見えずとも、相手の視覚を借りることができた。声は発せずとも、相手の脳内に直接意思を突きつけることができた。機械の類にオフラインで干渉し、操作することができた。
 できることは、長である久遠よりも多かった。他の守護者達より感情の起伏が少ないのは、その力の強さ故だろうと伯爵は言う。感情でエデンを治められても困るから、それはそれで良い事だと言っていた。
 目が見えないのに、その子――空と名付けられた――は人の目をしっかり見据えて意思を伝える子どもだった。そうしなければ怖れられることを、よく分かっていた。
 ただ、長である久遠とは比較的識閾値が近いこともあり、遠距離での会話を気軽に楽しんでいた。
(デュークとセミラミスが来るよ。空も一緒に遊ばない?)
 時折、母は仕事の合間に外に出る時間を作ってくれる。はじめは一緒に、そのうち一人で、或いは猫と一緒に。あらゆることは経験してみてから判断した方が良いという教育方針だった。空は母親には疎まれたが、久遠の母親である翠には可愛がられていた。二人して出かけることもあった。
(今日はいい。今、マリアとゲームしてるから)
 マリアは翠のルームコンピュータである。守護者の居住区の各部屋には、一台ずつルームコンピュータがあった。起きてから寝るまでのあらゆる動作をサポートしてくれる。マニピュレータに促され顔を洗い、歯を磨き、自動で作られた食事を食べ……。守護者の生活に必要不可欠だった。そのルームコンピュータに、幼い頃の翠は一個の人格ともいえるべき物を与えた。そしてカスタマイズを繰り返し、とうとうイーハヒューインの外にデータバンクを作ったルームコンピュータが、マリアだった。今では「外」に主格がある大変珍しい一例だ。
(終わったらマリアとおいでよ。今日は久遠、1日オフにしてもらったんだ)
 久遠と空、二人のテレパシスに距離は関係なかった。
(じゃぁ翠が代わりをしてるの?)
(ううん、翠だけじゃなくて、海璃とマリアも)
 久遠は翠を母と呼ばない。翠は自分という個体を識別してほしいと言っていた。だから、父親もそれに倣って海璃と呼んでいる。空も久遠と同じように、翠、海璃と呼んで慕っている。
(そろそろ着くね?)
 デュークとセミラミスである。久遠が聞いた音を、空も聞いている。
(そうだね。何して遊ぼうかな)
 足音は随分近付いている。太い桜の幹を足音のする方へ回り込んで待つ。
 久遠に先に気付いたのは、セミラミスの方だった。セミラミスに搭載されている高性能アイカメラは、小さな人影を久遠と判断した。めいっぱい手を上げて、来訪を告げる。
 それを見たデュークも目を凝らすが、まだ認識できない。監視カメラを盗み見ながら、久遠はくすくすと笑って手を振り返した。
「ここだよ!」
 デュークにも桜は見えている。大きな樹だ。セミラミスの集音機は、他の音と久遠の声を聞き分けた。それを主に告げると、ようやくデュークも手を振ってくれた。見えてはいないだろう。
 背は高い。丸眼鏡をかけている。伊達眼鏡ではないことを、久遠は、彼の視覚を通して知っていた。眼鏡がないと視界がぼやける。低めの落ち着いた声は耳に心地よかった。
 何より、守護者に対して、他の人間たちのような興味を示さない。愛玩するわけでもなく、執着するわけでもなく。彼の興味は主に自らの作り出した数多くの人形に向けられていた。
 そのデュークが最高傑作だと褒め称えるのが、隣を歩くセミラミスである。白磁で作られたような白い肌、大粒のピジョン・ブラッドのような瞳、銀糸の流れるような髪、僅かに朱を刷いたような頬、均整の取れた少女の体躯。その背が人の三分の一程度であることと、口から零れるのが明らかな人工音声だということも併せて、彼女を最高の人形たらしめていた。
 日々進化する技術に合わせ、鋼鉄でできた身体をメンテナンス、アップデートし、主であるデュークに寄り添う美しく強い人形。それは多くの守護者にとって憧れでもあった。セミラミスを知る者は皆、口を揃えてその強さが羨ましいという。常に嫣然と微笑み、取り乱したり狂ったりしない。
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