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    2011

02.03

追憶

『兄様が傍に居て呉りゃるなれば、妾は此の話、受けましょうぞ』

 その悲しい声音を、ソフィアは忘れることができなかった。大人になれない少女の、搾り出すようなか細い叫び。
 今でも時折夢を見る。
 その時持っていた身体は、すべて機械に置き換わっている。脳だってそうだ。生体脳を欠片も持っていないソフィアは、人間と呼べるのかどうか。
 眠りを必要としないのに、白昼夢を見る。
 一時側に暮らした少女の、白昼夢を見る。
 機械の脳が見ているのは、本当に夢なのだろうか。
 記憶は記録として移植された。イメージの強い記憶ほど捜し易い場所に記録される。
 機械の脳でソフィアは夢を見たが、それはイメージの繰返しに過ぎないのだろうか。

 ロッキングチェアで、寛いでいた。戦争で手足を、身体を、機械化した者は多い。機械化技術はエデンを代表とする人工の和平締約都市で発達している。ソフィアは、そのエデンのトップに君臨する科学者だった。けれど、人々は口々に言う。イカレ技術者(マッドサイエンティスト)だ、と。
 それにソフィアは反論しなかった。
 ――思うなら思え。思想は自由。
 戦争屋に比肩する鋼鉄の身体を手に入れたソフィアは、自分に被害さえなければ大概のことは笑って通した。
 涙は捨てた。月面研究所の事故で母と妹を失い、移り住んだエデンの前身の研究施設で父も失った。エデンと名付けられた研究施設で得た親友はエデンの柱となり、臨月の近かった友人も失い、ソフィアに遺されたのは友人の体内にいた幼子ともまだ言えない赤ん坊一体だけだった。
 否、もう一人。
 幼い頃は「博士」と呼んで懐いていた、冷めた目をした科学者が残っている。エデンの柱となった親友の実の兄であり、その少女が淡い想いを寄せている唯一の人である。
 彼女は生体コンピュータの核となった今でも兄を慕い続けていた。
 ソフィアは一人だった。慕う人も、頼る者も、なかった。
 ただ、気紛れに、手に入れた形になった一体の赤子を左右に割いた。割いたと言えば聞こえが悪い。科学者の悪い性だった。頭蓋を開き、脳を左右に別けた。足りない器官は生体科学と機械技術とクローニングを駆使して、一人を二人に増やした。
 今、赤子は培養液の中で育っている。区別をするため、右脳側には「R」、左脳側には「L」とプレートに刻んだ。
 これは我が子だ、と思っている。全身を機械化した自分に相応しい、歪な子どもだ、と思っていた。
 望む形ではなかったが、親友が助けてほしいと願った子ども達は代を重ねて守護者と呼ばれるようになった。
 それらは親友の子だと思い、見守ることにした。
「いずれ、出会うか……」
 出会うだろうか。自分と親友のように、親交を深めてくれるだろうか。そして、自分たちのように、引き裂かれてしまうのか。今、自由に会うことができるのは、システムの調整を行っている彼女の兄一人だけだ。ソフィアは担当者ではないという理由だけで、少女に会うことができなくなってしまった。
 それを決めたのは、既に死んだ研究者達だ。破ったからといって咎める者はない。
 咎めるとすれば、自らだ。
 女史と呼ばれ、人を顎で使う身分になった。それがすべて煩わしく思えてならず、ソフィアはエデンを出たり入ったりした。機械化率はとうとう全身に及んだ。

 今ではたまに、少女の方から話しかけてくる。ソフィアはそれを笑顔で迎える。
 はじめて会った時とは、お互い姿が違うけれど。
『元気かや。其方の子らはどうじゃ』
「あぁ、エーダ。お察しの通り元気。あなたも調子が良さそうで何より」
『妾が子等も随分増えた。妾がいつまで持つやら、親の実験の先行きは分からぬが、其方が居て呉りゃる故、安心して居れる』
「あなたの両親も思い切った実験したわね。他に被験者はいなかったのかしら」
 昔、ドーピングを受けた兵士の寿命の極端な低下が、戦争を行う世界で問題になっていた。殺し殺され死ぬのではない。薬害だった。それを防ぐための薬の開発が叫ばれたとき、ルードヴェルゲン夫妻という著名な研究者が寿命を延ばす薬を開発した。犠牲になったのは、数多くの実験動物と、自らの子供達。夫妻が死んだ後も二人は寄り添って生き続けた。
 二人を分かつものはなかった。エデンという都市計画ができるまで。
 そしてその計画も、二人を決定的に分けるものではなかった。エーダは兄と離れることを拒み、ヴァレリーはそれを受け入れた。
『妾には分からぬ事じゃ。兄様なれば何ぞ知っておるやも知れぬ』
 長い時を掛け、兄は両親と同じ科学者になった。蔡氏を後ろ盾に、強い力も手に入れた。すべては妹・エーダの為に。
「博士は何も言わないわよ。エーダが幼かった頃から一人で守ってきたのでしょ。私に分かるのはそれくらいね。あの人は私には喋らない」
 親が作った薬の化学式は、二人の兄妹とともに高値をつけられて各地を転々とした。美しい兄妹は観賞用に、複雑な化学式は富を得るために。じきに兄は、化学式を理解するようになっていた。その頃には、機械化技術も進んでいたが、安価なドーピングは兵士の欲しいゲリラに大量に供給されていた。兄妹に投薬された薬も、多少高値ではあったけれど、優秀な兵士を生き残らせんがため、やはり大量に作られていた。
 ただ、人を選んだ。
 すべての人を一様に長寿化させるものではなかった。
 現に、ソフィアにも薬は効かなかった。永遠を生きるかもしれない親友の話し相手になるため、ソフィアは自らを機械化することを厭わなかった。
 死ぬのはどうでも良かったが、残された方は哀しい。居た堪れない。何度も喪失を経験した親友には「自分の喪失」を経験させたくなかった。家族すべてを奪われた生体科学の実験に手を染めたのは、何故だったのだろう。思い出せない。重要度の低い情報として記録の奥底に眠っているのだろう。
『母になるがは如何様な気分じゃ?』
「実感ないわ。腹の中にいるわけじゃないもの。エーダはどうして守護者を助けたの?」
『さて。人の形を成したものが壊されゆくを、悲しゅう思うたのやも知れぬな……』
「でも、守護者の母よ、あなたは。自らに繋いで育んで、自ら望んで助けて、繁殖まで許させた」
『そうじゃな。もう良かろうと思うた』
 エーダは科学者ではない。エデンに捧げられた人柱だ。彼女がいるからこそ安定することのできたシステムマザーを、非人道的だと非難する研究者はいなかった。研究者としては駆け出しだったソフィアに、否やを挟む余地はなかった。
 だから涙を封印した。臨月の友人が事故にあった時、流す涙をソフィアはすでに失っていた。
「一人はさみしくても、二人いれば何とかなるわ。私がいなくても二人でいれば、私の子ども達も平気かも知れない」
『其れが二人に分けた理由なのじゃな』
「そう、後付けのね。本当のところ、何でそうしたかなんて分からないのよ。ただ、何となく、なるべくしてなっただけ」
『そう、成るべくして成ったのじゃ。妾もそう思うえ』
 つまるところ、理由などないのだ。
 神のみぞ知る。
 ロッキングチェアに揺られ、ソフィアはふふ、と笑った。
「三百年近く生きてきて、初めて子供を持つわ」
『詰らなんだら如何にする』
「そんなの」
 微笑顔で答える。
「捨ててほとぼり冷めるまでエデンの外に出ることにでもしようかしら」
『簡単に言うのう』
「エーダも博士もいるんだもの、心配なんてないわ」
 こぽり、と培養液の中を空気が通る。
 聞こえているのだろうか。胎児は外の音を聞くという。
 聞こえていたとしたら、どう育つだろうか。
 育ててみなければ分からない。不確定要素が多すぎる。それは案外楽しそうなことだ、とソフィアは思った。
「完全にエデンを出るつもりはないわよ。エーダがいるもの」
『妾の為に残ると?』
「三百年近く親友だった人を見捨てていけるほど、人間捨ててはないつもり」
 ほほほ、とエーダが声を立てて笑う。
『既に人であるパーツなぞ無かろう。したが其方が言葉じゃ、妾は信じようぞ』
「ありがとう。これで安心して子供をわがままに育てられるわ。何よりエデンの基幹システムが保証した人生だものね」

 十代目守護者が生まれる少し前のこと。
 女史と呼ばれる科学者と、眠り姫と呼ばれる被験者の、僅かな時間の共有だった。
 秘密を共有する少女同士の、他愛のないお喋りだった。


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