--

--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告:  トラックバック(-)  コメント(-) 

    2011

01.13

狩り

 その小さな頭に植えられている髪の毛を左手で鷲掴みにすると、リイザは右手を一閃させた。手の甲につけた超振動ブレードが、ざっくりと細い首を切断する。千切れ飛んだ小さな身体が地面でバウンドして動かなくなると、噛み付こうと動く頭をしっかと両手でホールドした。
 睨み付けて言う。
「観念しなさい、お馬鹿さん」
 負けじと、小さな頭が口を開いた。
「許さない」
「別にあんたから許してもらう謂れはないわ、レッドラム」
 小さな頭は、尚も激しく動こうと抵抗を見せるが、リイザにとっては赤子の手を捻るようなものだった。そのまま両手に力を込めると、人形の頭の外郭が歪み、割れ、四散した。
 その中から回収を依頼されたチップを探し出し、尖った爪で器用に拾い上げた。行動、認識、映像のすべて詰まった小さなチップである。これの出来不出来で人形の良し悪しが決まる。
 高性能だからといって良い人形というわけではない。現に、人よりよほど強かったこの人形は、主を失った後「レッドラム」と呼ばれる殺戮人形(マーダードール)に変貌していた。転々と在所を移しては、主持ちの人形を破壊し、ドールオーナーをも葬っていった、「狂ってしまった人形」だった。
 今では初代と呼ばれることになった人形屋デュークの死後、時折デューク製の人形が世間を騒がせた。多くは殺戮の当事者として。それらの狩りは、表向きには人形の修理・解体屋であるリイザと、そのパートナー・ライザが主に行っていた。人形のスペックを知り、なおかつその人形たちに比べ、よりスペックの高い鋼鉄の身体を愛用していたからでもある。
 彼女らは、別名楽園の猫とも呼ばれている仕事屋でもある。単に猫どもと呼ばれることも多い集団は、彼女らと一名の守護者、一体のコンピュータの合わせて4名で構成される。守護者は情報屋でもあり、表舞台には滅多に立たない。自身が猫と懇意であることは明かすが、猫の一員であるとは漏らさなかった。若干名知る者は居る。けれどどちらの仕事にも支障ない程度に、である。
 人形狩りには、ライザや守護者とそのパートナーであるコンピュータも立ち会うことが多かったが、今回はリイザ一人の仕事だった。
 偶然見かけてしまったのだ。血に汚れた煤けた衣装の人形が、主の横を歩く人形の頭部を破壊したところを、そして驚く主人の頸部を切り裂き、そのまま逃走するところを。
 人が死ぬのは構わない。気分ひとつで人の死を弄ぶのは、猫の得意とするところだった。
 けれど、デューク製の人形が暴れるのは別だ。デュークの名を落とすわけにはいかない。特別警備隊が手配をする前に抑える必要があった。
 なぜならば、デュークの名を継いだ人形が、まだ人形屋を営んでいるからだ。そして、初代が「最高だ」と褒め称えた人形の愁眉が曇るのも、余り見たくはなかった。
 人形は、微笑んでいるのが良い。
 それが、修理・解体屋を営む上での心情だった。人間など、どうでも良い。
 狂った人形は哀れだと思う。高性能だからこそ狂えるのだと訴えても、人工島エデンの住人の安全を謳う大企業とは表舞台ではやりあえないだろう。何より、同じデューク製の機体を使っていることの多い自身にも飛び火しかねない、リイザにとっての大事件だった。同じように狂うのではないかという不安を、依頼者に気使わせたくなかった。
 猫がデューク製の機体を愛用しているのは、よく知られた話だった。勿論、そればかりを使っているのではない。大陸の方で軍用に使われている無骨な機体でいることもあった。「可愛くないのよね」というそれだけで、リイザが愛用するには至らなかったが。見た目と性能が一番気に入っているのが、本来ならば人体用の機体を作らない人形屋だったというのもおかしな話ではあるが、軍需品でもフォルムさえ美しければリイザもライザも問題にしない。外側だけデザイナーに発注することもある。
 事実、今リイザが使っているのは、蔡氏による大陸仕様の高性能品で、外見は人形デザイナーに作らせたものだ。
「こうまでバラバラにしなくちゃ止まらないって、どういう製品作ってたのよ」
 製品ではなく作品だ、と彼なら訂正するだろう。チップは解析されて次の新作に生かされる。二度と狂うことが無いように。デュークが三代目のニュクスになってから続けられている作業である。
 人形が人形を作るというのもおかしな話だが、ニュクスに代替わりしてから作られた製品で、狂ったものは一体もない。ニュクスは、デュークが唯一作った機体ではない人間大の人形である。髪の先から爪の先まで拘りに拘って作った、人間と人形の境界線上にある人形だ。身体を巡るオイルは赤く着色され、最外部は有機体の皮膜によって覆われている。指先を切れば赤い血が流れ、それを自動修復機能で治すこともできた。
 初代デュークがはじめに作った人形は人形であることに拘り、最後に作った人形はより人間らしさに拘った、いずれも傑作である。
 二代目にデュークの名を短期間繋いだ「はじめの人形」セミラミスは、デュークの死後、ニュクスの誕生までデュークの名を守った。
 ニュクスは、初代デュークが唯一完成させられなかった人形でもある。

 リイザが無理やりこじ開けた扉の向こう側に、ニュクスは端然と佇んでいた。裾の長いドレスを着ているが、胸はない。デュークの人形にしては珍しく、性別を持たない。
「いらっしゃい、久し振りだねぇ」
 口振りは、初代とよく似ていた。ただ、低い男の声ではなく、澄んだアルトだった。
「また一体、居たのよ。レッドラム」
 小さなチップを指ではじいて飛ばすと、ニュクスはちょうど胸の真正面で受け止めた。
「兄弟姉妹がこういう姿になるとねぇ、アタシだって心が疼くのさね。……アタシに心があるとすれば、だけどねぇ」
「解体料はいつもの口座に振り込んどいてね」
 チップは二つあった。はじめに壊された人形と、自分で壊した狂った人形と。
「元通りにしてあげたいところなんだけどねぇ、こういうのの修復は難しいんだょ」
 こういうの、とは、勿論狂った方である。
「狂ってないほうも、主人が居なくちゃ狂うかもしれないんでしょ、やめとけば、修復なんて。解析にかけた後には、大事に仕舞っときなさいよ」
「狂うまでの執着は、どうプログラムされたんだろうねぇ」
「それはデュークも分かんないって言ってたわよ。狂うってのじゃなく、ご主人様を選ぶか選ばないかの話だったけど」
「アタシの主はアタシに設定されてるんだよなァ、これが。初代がそうしろって言ったのか、先代がそうしたのかは知らない。ただ、アタシの拠り所はアタシにしかないってのは、時々妙に不安になるもンさね」
 人形に、不安も安心もあったものではない、と思う。では、半分機械の自分ではどうなのか。
 頭蓋の中身の半分は機械脳である。ライザとお互いに高性能化している、立派な機械だ。残る半分の脳に、心が宿っているのか。
 人工培養された筋繊維にも、心は宿るのか。だとすればニュクスは一体『何』なのだ?
 答えは出ない。
 代わりに、ふふ、と笑みが漏れた。
「アタシの拠り所はアタシにあるわ。それって一個の個体として当然でしょ。悩める機械だなんて、たぶんあって良いものじゃないわ。あんたは境界線上に居るのよ、ニュクス」
 おそらく、狂う人形も境界線上に居るのだ。皆、危険な綱渡りをしている。
「リイザさん、アタシにゃァ魂がありますかねぇ」
 デュークの人形には魂が宿るとも言われていた。今は魂の有無を言う者は数少ない。
「アタシにあるんだったら、あんたにもあるかもね」
 魂の所在などどうでも良い。今生きて、何を望むか。それさえはっきりと見据えられれば良い。
「アタシたちはデューク製のレッドラムですら傷付けることができないように、精進するだけ。あ、あんたは弱いから表に出ちゃダメ」
「初代製の人形に勝とう何ざぁ、これっぽっちも思っちゃァいないょ」
 ニュクスは自分もそうであるくせに、兄弟機は皆自分より強いと思っている節がある。他の兄弟機には無い簡易自己修復機能があっても、である。仕上げをデュークが行えなかったというのもひとつの要因かもしれないが、不思議な思い込みだった。
「まぁ、表面傷ついたところで、頭部を破壊されなかったら再生可能だから、多少の無茶は止めやしないけど?」
 にっこりと笑ってリイザは言い放った。

 以前、教師役だった初代デュークに、実年齢だけは幼いリイザが聞いたことがある。
「どうしてデュークの人形はみんな表情があるのよ?」
 彼は笑って答えた。
「そうさなァ、アタシが愛でて作りあげるからじゃないかねぇ」
「生きてても表情ない生き物がいるのに、変なの。そうそう、面白い生き物を拾ったのよ。殺そうと思ったけどやめたの。虚ろな目をしてアタシを見上げる、人形のような生き物」
「そいつぁ人間じゃァないのかい?」
 聞かれて、その耳元で、蠱惑的に囁いた。
「ダレにも内緒よ、守護者なの」
 誰かに言いたくて仕方がない、というような悪戯な瞳で、デュークを見据えた。
「それが、表情がないのかい?」
「これからアタシが表情ってヤツを教えてあげるのよ。だから、デュークがどうやって人形に表情つけるのか聞きたかったの。それだけ」

 結局当時表情のつけ方は分からなかったが、それがプログラムだったのを知ったのは随分後である。
 ――アタシ、なりだけはでっかくてもおバカだったから、ころっと騙されちゃったのよね、あの人の良い微笑みに。
 後でそうリイザは述懐した。

 人形は、今日も狂うことだろう。主人の変死を止めるのは傍に付き添う人形しかないとは言え、人間の生命には限りがある。
 人形を潰したその両の手で、リイザはニュクスを抱きしめた。
「やっぱりこのくらいの質量がないと、抱きしめ甲斐もないのよね」
 リイザが人形を傍に置かない理由だった。人形よりも面白いものがある。リイザには、それだけで充分だった。
 初代デュークは、寡作ではなかったが多作でもなかった。人形狩りが終わる日も近かった。
 丹精込めて作りあげた人形が潰されていくのを、リイザにもニュクスにも止める手立てはなかった。むしろ狂えば積極的に狩っていた。
 それでも。
 デュークの遺した愛おしい人形達を一体でも多く助けるため、人形狩りを終わらせることはできなかった。
スポンサーサイト

小説トラックバック(0)  コメント(0) 

Next |  Back

comments

コメントの投稿











 管理者にだけ表示を許可
trackback
この記事のトラックバックURL

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。