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    2010

12.16

Voi che sapete

ヴォーイ ケッ サペーテ

 高らかに謳え、わが世の春よ!

 令夫人(リンフーレン)と呼ばれることに、異存は無かった。どんなプレゼントより嬉しい、待ち遠しい誕生日である。
「どうしてカヤたち、同じ日に生まれたのかしら」
「こうなることを見越してたんじゃないかな」
 白い壁、白い天井が研究室に見えないのは、暖かな床暖房の入ったフローリングの床の所為。毛足の長いラグが敷かれて、その上に珍しい紫檀の鏡台がある。
 十二月二十五日。世間ではクリスマスだという。キリスト教の聖者キリストの生まれたことを祝い寿ぐ日である。エデンでは聖暦三百六年、カヤは十二月守としてはじめて、エデンの外へ嫁ぐ。先例が無いわけではなかったが、先の出奔者は当時の荒れる十二月守の心の隙間を突いて外へ出た。今回は、次期十二月守も笑って送り出そうとしている。大変な違いだった。
「クオン、カヤにはもう伝えることはないし、手伝えることもないわ」
「分かってる、カヤさん。クオン、ちゃんと習ったとおりにできるよ。令家を世界会議に引っ張ってきてね。待ってるから」
 カヤが恋したのは、アメリカ大陸LAに一家を構える華僑の商人の跡取り息子だった。だがまだ家は小さく、カヤが華々しく活躍していた世界会議になどとても呼ばれるわけがない家格だった。恋した相手の祖父がまだ健在で、一家を切り盛りするのはその奥方だという。
 外交を担っている父親は、彼とよく似た長身の紳士だった。蔡氏に近付き、近頃龍の勢いで力を増してきている一家だ。
 家、というからには、一族の絆が強い。主要な役職を一族で埋めて、それが幸いにも成功に繋がっている。人工島エデンへの自由渡航も、カヤが十二月守である間に取得している。
 だからこその、クオンの「待っている」発言だった。カヤならば、その一家の力になるだろうというのだ。
 エデンのデータバンクや基幹システムが使えないのがどのような状況かは、カヤにもクオンにも分からない。生まれたときから、あるのが当たり前だった。
「エーダにも会えなくなっちゃうわね」
 人工島エデンの一般回線からは、基本的に基幹システムであるエーダには接触できない。許されていない。今は十二月守だからと特別に開かれている回路も、イーハ・ヒューインを出たら閉ざされてしまうだろう。
 けれどそれは、猫たちのようにハッキングすればいいことだ。いけないことだと知りつつも、彼女らは躊躇しない。一事が万事、命取りになる。
「さよならなんて言わないよ。だってカヤさんは、令夫人になるんでしょう」
 それならば、自由にエデンへ出入りできる。
 カヤはにっこりと微笑んだ。
「もちろんよ。蔡氏と肩を並べるほどに、大きくなってみせるわ。幸い時間はたっぷりあるの」
「クオンはあと二十年ちょっとくらいかな。ママやカヤさんみたいに長生きしようとは思わない。エーダを支えられるなら、システムの一部になっても良い」
「生きて支えようっていうスイとは別方向の考えね。良いんじゃない、別にお母さんと別の道を選んでも。…それに正直、アレは誰にでもできることじゃないもの」
 恋さえしなければ、自分もクオンと同じように、エーダを支えるシステムの一部になっていただろう。容易に想像できる。それが当たり前だったのだ。
 ただ、自分の両親がシステムに組み込まれるのは嫌だった。「一般的には支配とか使役というのよ」とリイザに囁かれたのも、原因のひとつかもしれないが。ともかくも、そのとき生きていた九代目は全員月の人工都市へと送り出した。キリエと名付けられた人工都市は、エデンの姉妹都市だった。エデンとは違い、静寂に包まれている。選ばれた清らかな人間しか行けないとされているが、実のところ人間は短期滞在しかしない。
 このキリエの建設を担ったのが、蔡氏を集中とした華僑のグループだった。その中に、令家もいる。厳重に人となりを調べられた後、一部だけが選ばれてキリエの巡察を行ったらしい。「らしい」というのは、カヤの先代、九代目に行われたことだったからだ。カヤは生まれておらず、当然クオンも知るところにない。ただ、記録が残っているだけだ。
「令家の子どもってわかってた?」
「あのひとが? まさか! お互い一目惚れだったのよ」
「心を読む守護者なのに…?」
「出会い頭よ。読む暇なかったわ」
 嘘ではないのはすぐに分かる。お互い守護者で、十二月守だ。本当は、言葉など要らない。
「三年待ってくれってスイに言われたときは、まるで塔に閉じ込められた気分になったものよ」
 三月守のトウカが令家の跡取りを刺した事件は、ニュースになる前に記憶操作で揉み消した。
「死んでないって知ったときは、心底ほっとした。結局、トウカ姉さまは狂っちゃったけど。――人の血は、守護者を狂わせるのよ。カヤの所為」
「あのときのトウカさんの悲鳴は、まだクオンも覚えてる。あんなに切ない悲鳴はなかった」
「スイの記憶操作しろって言う怒声がなかったら、カヤはその場に立ち尽くしたままだったでしょうね。あの場のことを覚えているのは、カヤたち守護者と刺された当人だけ」
「あのときトウカさんを隔離したのは正解だったと思う。でも、今まだ隔離されたままっていうのは、正直わたしには厳しい。夢見月の託宣って、やっぱり頼りたくなっちゃうから……」
「クオンちゃんは直接エーダさんに訊けばいいんだわ。それを許されてるじゃない」
「でもその為にわざわざ二十六区へ行くの?」
「そこなのよねぇ」
 ランク外の危険区に指定されている二十六区ユーフォリアに、エーダに会うための道がある。そこを守っているのは、一人の男と、一体の人形。その二人がどれほど強いか。男は、このエデンがまだ構想であった段階から関わっているという。少なくとも、エデンができてからでも三百年完璧に守り続けている。
 二十六区と一区の地下は繋がっているというが、それは建設当初のこと。いや、今でも通れないことはないらしい。クラッシャー・フウナが偶然辿りついたこともある。何を壊して通ったのかは定かではないが、いくつものゲートがあり認証が必要だったことだけは聞き及んでいる。――勝手に開いて勝手に閉じたとフウナは言い張るが、どう見ても「天然に」クラッキング操作を行ったとしか考えられない。クラッシャーの異名を持つだけの事はある。
「ねぇ、恋ってどんなもの?」
 訊かれて、カヤはクオンを抱きしめた。
「こういうものよ」
 イメージが渦巻く。
 十二月守が繋がれる硬質な電脳世界ではなく、華やかで彩りのある、アップテンポな心象だった。話すよりも、当然早い。
「穏やかな恋もあるのかもしれないわ、激しい嵐のような恋も。でも、これがカヤの恋よ」
 潔かった。実の姉を狂わせても、意思は変わらない。
「クオンにはまだまだ早いわね」
 ようやく六つになった幼子の頭を撫でる。自分が十二月守を継いだのは九つのときだった。それより三つも幼い。
 これで手を離してしまうのが惜しいようにも思える。けれど、それより、喜びのほうが大きいのだ。
 なぜこのテンションを保ち続けられたのだろう。分からない。分からないけれど、すべてに勝る優先事項だった。どう思われるかなど、気にしていては始まらない。
「スイとクオンに甘えるわ。トウカ姉さまとエデンをお願い」
「まかせて!」
 きらきらと瞳を輝かせて、幼い子どもは胸を張った。
 それが眩しくて、カヤはもう一度クオンを抱きしめた。
「……ありがとう」
 晴れやかな気持ちで外に出られる。それがこの親子のおかげであることを、長い一生忘れまいと、カヤは心に誓った。

 寒い冬の、よく晴れた朝だった。
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