--

--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告:  トラックバック(-)  コメント(-) 

    2010

12.01

名残

 ことり、とマグカップが置かれた。
 深夜である。
 カヤは悩ましげに窓の外を見やった。明るい月が見える。
 手元には、古風な蜜蝋の封印の解かれた手紙。文面は他愛のないことばかりだった。鉢植えの花が咲いたこと、日増しに育つ幼い兄弟のこと、繰り返されるくだらないパーティのこと、いつも同じ空を見上げているといったこと、変わらず愛しいという告白。
 手紙には、いつも変わらず心はあなたの側に、と添えてある。
 人工島エデンは、外界から遮断されている。渡航許可は滅多に下りなかったし、手紙の類も十出して一届けば良いほうである。だから、届いた手紙はすべて大事に取ってある。
 日々の出来事は、カヤにとっては遠い世界の事だった。電脳世界では自由に遊べる。瞬時に多量の情報を処理することができるのは、一級品の電子頭脳と接続されているためだった。それも道具と割り切っている。仕事の合間に遊ぶことは、カヤにとってほんのひとときの息抜きに過ぎない。けれど、オフラインで遊ぶことはまずなかった。そんな時間は取れなかった。
 接続された基幹システム・マザーから解放され、眠るまでのほんの僅かの時間が、カヤに許された自由時間だった。
 内容を覚えるほどに読み込んだ手紙は、束にして大事に置いてある。
 彼に出会ったのは、二年前の冬だった。新しい年を祝賀する盛大なパーティで、外交をスイに任せて夜風に当たった僅かの時間に、彼はカヤの目の前に現れた。彼も、パーティから逃れてきたのだ。
 忘れないように記憶を記録して取ってある。天地がひっくり返るほど、世界が変わった瞬間だった。
 それをスイは、一目惚れだと名付けてくれた。
 僅かの逢瀬は、パーティのたびに繰り返された。彼が出席するパーティを探すことなど、カヤには造作もないことだったからだ。
 カヤには、世界に飛び出る覚悟があった。十二月守としての能力を制限されることも、イーハ・ヒューインへ二度と帰れないことも、分かっていた。けれど、止められなかった。
「恋をしたの」
 告げた瞬間の、姉・夢見月の表情は忘れられない。夢が当たるたび、彼女は悲しそうな表情をした。そして、「やっぱり」と呟いた。
 次のパーティで、姉は彼を見た。心の底まで覗き込めるカヤが認めた人物に、悪人がいよう筈もなかった。けれど、彼女には彼は悪人にしか見えなかった。妹カヤを、長である十二月守を、このエデンから連れ去る悪魔。カヤが止める間もなく、ナイフを彼に突き立てて罵った。
「悪魔!」
 血を浴びた彼女は、確かに狂気に囚われていた。その場を収めたスイは、彼に告げた。
「しばらくエデンには来ない方が良い」
 それから、文通が始まった。

 エデンは閉鎖された空間だった。
 オンラインでは島外とは繋がっていない。また、時化が島をぐるりと囲み、島へ近付くのも島から逃れるのも容易ではなかった。上陸するには十二月守の許可が必須だった。だから、島民の持つ居住コードを持たない不法滞留者もいた。彼らはあらゆる場面で差別を受けることになった。守護者の治める夢の人工島は、夢でしかなかった。
 カヤは、そんな住民も救いたいと、模索している最中だった。読み書きを教え、職を与え、居住コードを取得させる。一筋縄ではいかなかったが、子どもや女性など社会的弱者が蹂躙されるのを、黙って見てはいられなかったのだ。スイは最大限協力すると申し出てくれていた。そして、次代を担う十一代目の十二月守――自らの子どもにも、カヤの仕事を全て教えていた。いたいけな幼子であるにもかかわらず。
 文通をはじめたカヤに、スイは言った。子どもが、自分が情報屋として独立した六歳になれば、エデンを出ても良い、と。
「蔡主も俺も、マリアもいる。十代目も半数は狂わず残ってる。エデンを出るほうがより幸せだと言うなら、手を貸しても良い」
 カヤが先代を継いでから、たった八年しか経っていなかった。遣り残している仕事は山のようにある。
 年端のいかないクオンも、にっこり笑って言った。
「だいじょうぶ、みんな、いるもん!」
 カヤはクオンを抱きしめて泣いた。自分のわがままで、この小さな子どもを、世界の荒波へ放り投げようというのだから。
 システム・マザーであるエーダに頼み、長命を約束するという薬にも手を出した。
 今は傷ついた彼も回復しているという。そもそも、そんなに深い傷ではなかった。ただ、人の血を浴びた姉の精神的なダメージは、回復しなかった。それでも、カヤは渡航を諦めなかった。その為に、クオンにしてやれる最大限の引継ぎを準備もした。
 マグカップの中身は、もうない。

 小さな影が、部屋の中へ音もなく入り、毛布を持って佇んでいた。気がついたカヤは、にこりと微笑んだ。
「ありがとう、ジゼル」
「……どう、いたしまして」
 そばかすの浮く頬を赤らめ、人形が頭を下げる。
「あの、おかわり、持ってきましょうか……?」
 マグカップの中は見えないが、音感センサーはついている。カップがとうに冷えていることが、ジゼルには分かった。
「もう寝るから良いの。美味しかったわ、ありがとう」
 ジゼルはカヤの人形ではない。ジゼルがマスターと呼ぶのは、製作者であるデュークただ一人だ。スイが特別に、借り受けてきたのだ。各部屋にあるルームコンピュータは統御しているのがカヤと直結するシステムマザーである。カヤの負担が僅かでも減るように、そして、はにかみ屋のジゼルが少しでも人との距離を縮められるようにと、スイがデュークと計ってそうしたのだ。
 事実、ジゼルは自分から声をかけられるように「覚えた」し、カヤは人より小さな人形を見て和んでもいた。
「今日見聞きして覚えたことを、そうね、マリアと並列化してきて頂戴ね。いずれクオンの役に立つこともあるかもしれないから」
「……クオンさまの?」
「そうよ、カヤはいなくなるのが決まっているの。それもあと一年で。あの子は大変な目に会う。それが分かってカヤは出て行くの。ひどいでしょう」
 もじもじと俯いたジゼルは、意を決したように顔を上げた。
「でもそれがカヤさまのためだから、って、スイさまが仰ってたわ」
 人形にまで、徹底させているのか。カヤは空を仰ぎたくなった。
 おそらく、けしてカヤを否定しないようにと仕組んであるのだろう。泣きたくなった。
 いつそんな甘ったれに、自分はなってしまったんだろう。
 あの、恋に落ちた瞬間に――?
「やっぱりもう一杯お茶を頂戴。濃い目に淹れたセイロン風ミルクティを。……変ね、あなたは機械の人形なのに、あなたが淹れた紅茶はとても美味しいの……ねぇ、ジゼル、私が外へ出るときに、あなたも一緒に来てくれない?」
 マグカップを受け取ったジゼルは、困ったような顔をして答えた。
「あたし、マスターの傍を長く離れるのは、怖いんです。本当はここへ来るのも、怖かったんです。だから……だから、考えさせてください」
 縋るようなカヤを、振り切れなかったのか。強い反対は無かった。
 普通、怖いなら怖くないと思考するようプログラムしなおせば良い。けれどデューク製の人形はそういうものではないようだった。何度修正を加えても、怖がるし、恥ずかしがる。それがこの人形の特性であるように。
 いっそ電脳を入れ替えてしまってはどうか。その提案を、デュークは却下した。これはこれで完成形、後はどう育てるかだ、と言ったらしい。
「ありがとう。嬉しい返事を待ってるわ」
 毛布を膝にかける。そして、ジゼルの背中を見送った。
 暖めてあったのか、毛布はほんのりと暖かかった。
 その暖かさを振り切ってしまうのか。
 カヤは首を横に振り、手紙を胸に押し当てた。この人さえいれば大丈夫。そう誓ったのではないか。

 長かった三年が、残り一年を切った。
スポンサーサイト

小説トラックバック(0)  コメント(0) 

Next |  Back

comments

コメントの投稿











 管理者にだけ表示を許可
trackback
この記事のトラックバックURL

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。