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    2010

12.01

贈り物

 誕生日は、禁句だった。
 生まれた日とは、作り出された日。
 人間にとって、作り出されたなど屈辱以外の何者でもない。祝福された記録もない。
 水槽の中で培養され、機械の身体を与えられ。生まれた時から戦い方を仕込まれた。
 ソフィア・エルナ・フェンリーン女史。その名前は、二人にとって苦い記憶と屈辱の記録を伴う名前だった。
 二人を作り出したそのとき既に生身の身体を持たなかった彼女は、母親らしいことなどまったくしてはくれなかった。
「五月二十五日よ」
 そっけなくリイザは答えた。嬉しさなど微塵も感じていなかった。
 カヤは困ったように笑った。
「本当に嬉しくないのね。そんなに厳しい人だったの?」
「アタシたちを生まれて5年で「楽園の猫」に仕立て上げたのはあの人の技量よ。感謝しないでもないけど…」
「普通、死にゆく母親の腹の中から胎児を取り出して培養しようだなどとは考えないだろう」
 ライザの感情も、苦々しい。
 そうしなければおそらく胎児は死んでいたのだろう。リイザもライザもこの世にはいなかったことになる。
 ある日突然の竜巻とカマイタチに見舞われた街に女史に放り出され、荒んでいた二人の前に現れたのが、スイだった。二人して言う。――はじめはこんな邪魔なもの、殺してしまおうと思った、と。けれど傷だらけの幼子は、けして死のうとはしなかった。その傷をつけた女性――母親を庇い、二人に言ったという。「あの人のために、死ねない。」
 カヤには、二人の記憶がはっきりと視えた。十二月守である。人の心を読むのは、話を聞くより簡単だった。
 本当は、そんな苦い記憶を呼び起こさせるために訊いたのではなかった。このところずっと休暇のなかったスイを、休暇代わりに二人に貸し出そうと思っただけだった。その口実が、「誕生日プレゼント」である。
 そういえばスイも苦笑しながら五月だったと思うけどねとしか答えてはくれなかった。
 思うだけでは伝わらない。脳に直接語りかけることも可能ではあるが、イメージを伝えようとしているわけではない。言葉で言っても同じことだ。
「実はね、スイをしばらく預かって欲しいの。先代が死んでから、殺さず生かさず働き続けてもらってたんだけど、そろそろお休みあげたいなって思って」
 先代が生きている間は良かった。たとえ彼女に傷付けられても、それを生きる糧としていたのだ。
「母親で苦労したもの同士、傷を舐めあいなさいって?」
「ちがうちがう! 単純に休まないと機械じゃないんだからって話。あなたたちへの誕生日プレゼントって言うと、スイも納得するでしょ」
 確かに、とライザは頷いた。ただ「休め」といったのでは、スイは休まない。守護者としての仕事がないなら、情報屋になるだけである。最近は町医者になることも画策しているらしい。忙しい合間を縫って勉強しているのを、カヤは知っていた。
「じゃ、ちょうどいいから投薬も始めちゃおっか」
「投薬?」
 突然出てきた言葉に、カヤは少し驚いた。だいたいは、相手が何かを言おうとすればそれを読み取れるのだから。
「伯爵が投薬されたのと同じ薬よ。アタシ、スイを死なせたくないの」
「守護者が短命だということは、お前も知っていることだろう」
 長く生きて三十五年。その限りある生は、狂気に彩られる。だんだんと澱が溜まるように狂気を蓄積して、死ぬときには大概発狂しているらしい。それが早いか遅いか。
 スイは二歳で狂気に触れた。あまりにも早すぎたため、狂気に順応してしまったらしいというのが、カヤの見立てだった。それでもイーハ・ヒューインの外での暮らしは、確実にスイを死に近づけているはずだった。
 それを、とどめるという。
「完全に発狂する前に何とかしないとね」
 狂ったものは、戻らない。
「それ、スイには何て説明するつもり?」
 スイは、本来なら二年前、母親が死んだときに死ぬつもりだったと笑って言う。強大な力を誇って長く十二月守を務めた母親は、スイを父と見間違えて、言ったそうだ。優しい、甘えた声で、守護者を守って頂戴、と。それをスイは守るという。自分に向けられた声ではないことは分かっている。それでも逆らえない。父が死の間際に言った「ミドリを守ってあげて」の声は、流れた血とともに、スイに刻み付けられていた。
 リイザもライザも、よく知っていた。最愛の弟が、最愛の夫が死んだとき、ミドリは壊れてしまった。エデンの半分を吹き飛ばす荒ぶる風を身にまとい、たった二歳の幼い娘に哀しみをぶつけた。――お前が殺した、と。そう言わなければ、精神を保っていられなかった。
「スイには、ミドリさんとの約束を盾に取って、守護者すべての面倒を最後まで見きりなさいと言うつもりよ」
 にっこり笑ってリイザが言う。
「守護者の最終形態が当時の研究者の望むものであるならば、と仮定すると、スイは永遠に生きなければならなくなる」
 しれっと言うライザも、微笑顔である。
「アタシたちはすべてを電脳化してでも、一緒に生き続けるわ。機械のマリアにも寿命はないでしょう。楽園の猫は、ずっとここにいるわ。ここが戦場になっても、スイを守ってあげる」
「あなたたちこそその薬を飲めば?」
 呆れたようにカヤが返した。そんなのとっくに投薬済みよ、とあっけらかんと二人が思考する。
「脳だけナマモノで効くかどうか分からないと伯爵に言われた」
「ママには効果がなかったそうよ。不老の薬のはずなのに年取るじゃない、と皮肉られたって聞いたわ」
「じゃあスイにも効かないかも知れないわね」
 わざと意地悪を言う。
「いいえ、守護者には効くそうよ。ただ、長く生きると狂ってしまうから、投薬を諦めたって」
 研究段階で、とリイザは思い加えた。
「スイから聞いていないのか? 守護者は失敗作だったと」
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