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    2010

10.21

遊戯・幕間1

 室内には、無造作に置かれた大小のモニターが散見できた。数えるには嫌になりそうな数だ。それぞれが違う場面を写しており、もしきちんと並んでいたならば警備室の一角かと思われる様相だった。
雑然とした室内には他に、モニター同士を繋ぐ無数のコードと円筒形の天井まで届く水槽がいくつかあった。
 円筒形の水槽にはそれぞれナンバーが振ってあり、それは金属プレートに彫られて足元近くに貼られていた。水槽の中には、今は何も無い。
 白い、真っ白な壁と天井、リノリウムの冷たい灰色の床に不釣合いな重厚な調度が三点あった。
 ひとつは、大振りのカウチ。豪奢なゴブラン織りは、天然毛の製品だと思われる。猫足は高級木材といわれる紫檀だろうか。
 ひとつは、マホガニー製の大きな机。黒光りするまで丁寧に磨き上げられ、塵のひとつも落ちていない。雑然としたモニター群とはまったく似合わない。
 最後のひとつは机とセットだろう大きな革張りの事務用椅子。
 ひときわ大きなモニターには、ガラス製の棺のようなものに入った少女が映し出されている。透き通るほどの白皙の肌、僅かに紅をはいた様な頬、閉じられた瞳、その瞳を縁取る長い睫毛、声を発することの無い赤い唇はたっぷりとグロスを塗ったように艶やかだった。豪奢な金の巻き髪は長く、背丈ほどもある。開くことの無い瞼の奥には何色の瞳が隠されているのだろうか。すっと通った鼻梁に、卵形の輪郭。美少女と言っても誰も異は唱えないだろう。見たもの誰もが恋するような、そんな少女だった。けれど、この部屋の主には見えない。モニター群が、水槽群が、相応しくない。
 部屋の主は、カウチに寝ていた。気だるげな表情で巨大なモニターを見つめている。いつ彼女の目が醒めてもいいように。
 薄い金の髪は真っ直ぐ長く、膝裏まである。モニターを見つめる瞳は、氷の蒼。肌の色はモニターの少女と同じ白皙で、眠っている彼女よりも色素が薄い。引き結んだ唇は、何をか言えば従わざるを得ないだろう力を持つのだろう。
 見た目は二十代の青年に見えなくもない。しかしその瞳の色は深かった。とても十年単位で計れるものではない。年月の重みが、そこにはあるようだった。
 身に付けたスタンドカラーのシャツは珍しい天然絹製で、スラックスもツイードの上等なものだ。その上に、しっかりと糊のきいた白衣を羽織っている。ネームプレートは、ない。
 美貌、と言っていいのだろう。見たものすべてが硬直し会話に困るというほどではないにしろ、美しかった。ただこれも、年を経たワインのように年月により魅了するといった意味合いも含まれる。
 す、と男性にしては華奢な手を上げると、すぐそばに控えていた人形が、何も言わずに反応した。その手まで、飴色の酒の入ったグラスを運ぶ。
 この人形も、とても愛らしかった。艶めく銀糸のような髪に白磁の肌は彩られ、淡い薔薇色の頬はふんわりと微笑んでいる。淡い桜色の唇は、微笑んだ形のまま凍り付いているようだった。主と同じく、冷たい印象を拭えない。特等のアメジストの瞳に、感情の色が無い所為だった。
 丸襟のブラウスにリボンタイ、吊りのハーフパンツという出で立ちは、いかにも良家の子息といった感じである。唯一人形らしいのは、その大きさが人の三分の二程度というところだ。
「リドルよ、其方煙硝の臭いがするが、何かあったか」
 微笑みを張り付けたまま、リドルが答えた。
「猫どもに撃たされました。一発のみ、私は無傷です」
「そうか、先のブローカーの件であったな。とうに終わったか」
「十代目二月守が連れて来られた者たちを保護し、施設へ収容するため26区を出たところです。契約があります、終われば報告がありましょう」
 これにもそうか、と伯爵は頷いて返す。
「マスター、その…」
 言い淀むリドルに、伯爵は初めて視線を向けた。
「如何した」
「許可を得ず発砲しましたこと、お詫びいたします」
 伯爵は、喧騒の原因を作りだす割には、自らをその喧噪の中に置くのは嫌いだった。26区に於いて絶対的なその力は、その絶大な情報量に由来した。26区で、あるいはエデン全島で、彼の知らないことはない。守護者ですら忘れたことを、彼は記憶している。良いことも、悪いことも。
 かつて、その背後には蔡氏がいた。今ではその繋がりを知る者は、伯爵当人とかつて伯爵のパートナーであった女史くらいである。蔡主ですら、その記憶は途切れている。しかしエデンの歴史を記憶している者は知っている。何故彼がエデンの主であり続けているのかを。
 いや、確かにエデンの主人は守護者の長だった。しかしそれは伯爵が認めているからそうであるということだった。その事実を知る者は少ない。たとえば楽園の猫。たとえば情報屋スイ。――守護者ですら知る者は僅かだ。
 楽園の猫は女史のすべてを引き継いだ仕事屋であり、情報屋スイは翠自身が楽園の猫の一人であるということを考えれば、伯爵と女史に係わるもの以外はそれを知る者はないということになる。
「責を問うているのではない。案ずるな」
 果たして人形に心配があるのかどうか。デューク作製、伯爵プログラムという稀有な存在ならば、あるのかもしれない。守護者を創ったのは伯爵と女史だ。その守護者を守護者としたのは、棺に眠る少女――エーダだった。
 エーダの存在を知る者はすべて、彼女が伯爵の妹であることを知っていた。特に女史は長い間兄と二人きりだったエーダの心の支えだった。
 静寂が時を支配していた。衣擦れの音ひとつ立たない。
 ふ、とリドルが顔を上げ、巨大なコンピュータから自身に繋がれたコードを引き抜いた。
「スイが戻ったようです、出迎えて参ります」
 リドルは足音も立てず、その場を立ち去った。
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