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    2010

09.30

落下1

 悲しくなると必ずここに来た。
 23区アイアンメイデンの名所、たった一本のソメイヨシノ。
 今は緑の盛りである。どっしりとした幹は、すでに若木ではないことを示していた。
 誰が植えたのかは分からない。いつ植えたかも、定かではない。ただ、この木のために有機物を一切排すとした人工島エデンに土が持ち込まれたのは確かである。
 いや、知っている研究者は残っているだろう。守護者を作り出し、戦争屋を作り出した彼らのうち、僅かはまだ生きているという。300年以上も前の話であるが、嘘のような本当だった。彼らのうち一人が植えたのだろうと、当時を知るすべのない者たちは思っていた。
 フウナは知ろうと思えば調べられるだけの場所にいた。十代目守護者の長の姉。エデンを作った研究者にそうとは知らず会ったこともある。秘密を一身に集める者に会ったこともある。それでもフウナはフウナだった。
 自由闊達で、旋毛風のよう。
 幼いころからそうだった。それでも悲しくなることはある。そんな時にはエデンの中枢を抜け出し、老木まで駆けてきた。
 23区は安全と言われる区である。それでも血と硝煙の匂いが、人の想いが苦手な守護者にとって、外に出ることは危険なことには変わりなかった。
 フウナは、そんなの何でもないと言う。血と硝煙は慣れてしまえば平気だったし、人の気持ちは「ごちゃごちゃしてる」程度にしか思わなかった。だから、総じて繊細といわれる守護者の中で、人と相対することが「平気」な方の部類だった。十代目12人の中で、長を除いて2名だけが「外」に出られた。
 この日もフウナは一区中枢イーハ・ヒューインから抜け出し、リニアトラックを乗り継いで23区までやってきた。
「伊織ちゃんなら来ないわよ」
 枝の上で足を揺らしていたフウナに、鼻にかかったような甘い声が届いた。少女の姿をしたそれは、仕事屋ラグドール、キティとも、守護者の間ではリイザとも呼ばれる。
「ダレソレ」
 思考を読むような複雑な作業は苦手だった。思うままに、訊く。
「あんたが「でっかいの」と呼んでる坊やのことよ」
「名前、知らなかった」
 知らなくても会話はできたし、違和感も感じなかった。ひょろりと背の伸びた青年は、小柄なフウナからすれば充分に「でっかいの」だった。
「何でリイザさんがそんなの知ってンの」
「スイが知ってるからに決まってるじゃない」
 フウナより年長の守護者の名を、出す。自分が生まれる前からの付き合いであることを、フウナは知っていた。
「ていうかね、ここから出てみろって言ったのはアタシなの。出たがりだったのは、知ってるでしょ」
「うん、知ってた。いつかはいなくなるかなと思ってたけど、今日だなんて思ってなかった。でもどうしてリイザさんはわざわざ知らせてくれるの?」
 ――どうして。
 三歳の子どもが言うように、二十代のフウナは言う。姿は十代後半から変わっていない。守護者とは、そうしたものだった。一定の年齢から、外見年齢が変わらなくなる。フウナは、とても子を持つ母とは思えない。それほど、幼く見える。
「あの子が心配してたからよ。伊織ちゃんもあんたも、アタシにとってはお気に入りだもの。ちょっとくらい目を掛けたって良いじゃない」
 それで、何があったのと、猫の瞳が訊ねる。
「ショウが死んだんだ」
 言ってみて、意外と平静な自分に、フウナは驚いていた。夫である。従兄である。「外」を、人を怖がる彼を、いつもフウナは守る立場にいた。
「へぇ、そう」
「そうって簡単に言うけどさ!」
「だってアタシ、ショウには一度しか会ったことないもの。それもうんと小さいときに」
 感情なんてこもらないわ、とリイザは言った。
「伊織ちゃんがね、そろそろ来るころだと思うからって。何が起るとかそういうのは知らなかっただろうけど、フウナちゃん、良くここには来てたの?」
「待ち合わせなんてしてないのに、何でか分かんないけど、でっかいのとはときどきここで会ってたんだ。だってここには泣きたいときに来るだけだし」
「あらでも泣いてないじゃない」
 フウナは、ぷぅ、と頬を膨らませた。
「泣く前にリイザさんが来たンだもん」
 リイザがほほほと笑う。
「良く分かってるじゃない、アタシが泣き虫嫌いなこと」
「そういうの分かるのが守護者だからねっ」
 胸を張って言う様は、本当に、子ども。
「守護者ってね、大切な人が死んだりするとどんどん病んでいくんだって。人の血が流れるとそれだけで心を蝕むんだって。……でもそういうの、ボクには良く分からないんだ」
「スイも、分からないって言ってたわ。ま、あの子の場合は事が起こったのがちっちゃな頃すぎて麻痺しちゃったんだろうけど、あんたのそれはきっと天然ね。生まれつきにぶいのよ」
「にぶいなんて面と向かって言う?」
 枝の上から見下ろすフウナ。それを幹の根元から見上げるリイザ。その間に緊張感はなく、のほほんとした空気である。
「人だって狂うのよ。作られた脆い存在が病み易いのは仕方ないわ。病んでないあんたは健康ってコトよ――フウナちゃん」
「リイザさんも狂う?」
「狂わないように努力するわ。狂う要素をひとつひとつ排除すればいいんだもの」
 事もないように、さらりと言うのだ。フウナは思わず吹きだした。
「あっは、物騒!」
 にっこりとリイザは微笑む。
「物騒、結構。アタシの精神衛生のために、スイには長生きしてもらうわ。身体を鋼鉄に換えたアタシに寿命なんてあってないようなもの。伯爵が投薬されたと同じ薬を、スイに与えたのよ。まだ死んでないってコトは、伯爵と同じくらいは生きるってコトよね」
 守護者は近親婚を繰り返し、その寿命を縮めている。作り出された種であるから、人よりもずっと弱い。生に執着もしないという。
 その守護者を造ったのは、リイザの育て親や、現在伯爵と呼ばれている謎の多い研究者達だった。研究者というよりは、マッドサイエンティストたち。機械化した身体は当時、寿命も縮めたという。それを打ち消すために、長生薬が開発された。伯爵はその被験者の一人だった。……というようなことをリイザは聞き知っているが、エデンが作られてから300年以上経つ。記憶にとどめているのはごく限られた者たちだけだった。
 守護者も知ることはできる。膨大なデータバンクがエデンにはあった。守護者の長はそのすべてへのアクセス権限を持つ。それでも、あえて出自を探るようなことはしなかった。引き換えになるショックが大きすぎると判断した五代目の長が、意図的に守護者の目を逸らさせたらしい。リイザの知る限りでは、スイがそのデータにアクセスしたことと、フウナが偶然それを知ってしまったことくらいだ。
 フウナはクラッシャーの異名を持つ。何故か機械を誤操作させてしまう。だけならばともかく、思わぬところからデータを拾ってきたり、思ってもみなかったデータクラッシュなども日常茶飯事だった。スイはフウナが生まれてから、データ保護の名目であらゆるデータを掘り起こし、整理してきた。五代目のエンパスを利用した制約は、サイ能力を拒絶するスイにとっては意味のないものだった。
「三百年?」
「そうよ三百年」
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