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    2010

09.09

別れの悲しみ


 黄昏時。
 リイザはひとつ背伸びをした。それから、隣を歩く青年にショップの紙袋を押し付けた。
「伊織、ちょっとゆっくり歩きなさいよ」
 いつも連れ歩くスイがいなかったので、たまたまその場に居合わせた青年が犠牲になったのだ。けれどリイザにとっては「勝手が違う」のが少々不満のようだった。
「お前が歩くのが遅いんだよ」
 リイザをお前呼ばわりする人間は数少ない。背ばかり伸びた印象のある青年は、押し付けられた紙袋を渋々受け取り、歩みを少しだけ緩めた。譲歩しなければ平手が飛んでくる。
 もちろん平手は手加減した上で、である。ちょっと本気を出せばユニット住宅のひとつふたつくらい軽く壊せる馬鹿力を持つのだ。人間ではあるが、その身体のほとんどを機械化している。鋼鉄の乙女とはよく言ったものである。
「合わせて歩くのが優しさってもンでしょ。アタシには優しくなさい」
 他はどうでも良い。そんな口調だった。
 ヒールの高い、底の分厚い靴を履いている。カツカツという音がするのは、鉄板を仕込んである所為だった。
「……リョーカイ」
 呆れたような、棒読みの返事である。
「ところで伊織、あんた本気で戦争屋になるつもり?」
「あぁ、うん。だってこんな島、出たいだろ」
 伊織と同じ階級……中流家庭に生まれたものは、そんな事は考えない。けれど、人工島エデンの裏社会に生きるリイザ達と出会ったのが、伊織の出発点だった。
 こんな島――中流家庭で安穏と暮らしていたら出ては来ない言葉だ。
 リイザ達と出会い彼がはじめたのは、教会の奉仕活動だった。馴染みもできたし、活動にも慣れた。それでも、伊織には焦燥感があった。この島で平穏に生きていくべきではない。そんな思いが、首を擡げたのだ。
「アタシは、出ても良いけど帰ってきたいわ。今は守護者が可愛くてかわいくて」
 今は、十代目の全盛期ともいえる。十一代目も生まれはじめ、十年後には代替わりするだろう。
本来ならば人とは会わないはずの守護者と、リイザは懇意にしていた。今では情報屋の名の通るスイを拾って情報屋に仕立て上げたのはリイザたちだった。
 伊織を拾ったのも、リイザだった。リイザは犬猫のようにいろんなものを拾う。エデンには、人と小さな虫以外の動物が存在しない。少なくとも、そういうことになっている。厳密に、運び込まれる荷物は調べ上げられ、密航する人間もきっちりと送り返される。
 そんな中で、レプリカントという様々な動物を模した人形が、様々な階級で愛でられていた。野良レプリカントを拾うような感じで、リイザは色々な物を拾ってきた。
 ――物好き。片割れのライザには、そう評されるが、ライザだとてリイザが拾ってきたものを捨てることはしない。
「そうね、名前を付けてあげるわ。飛び切り可愛い、あんたに似合うヤツを」
「なんだよそれ」
 伊織は顔を顰めた。それを意に介さず、リイザはにっこりと微笑んだ。
「イフェイオン、て言うのはどう?」
「……意味は」
「別れの悲しみ。花言葉よ。とってもキュートな花が咲くの」
 悲しみ。伊織は返事ができなかった。
 リイザに拾われたのは、父親と再婚した義母が死んだ日だった。
 悲しみ。手首を鎖で結んで、二人は入水自殺を図った。
 異母妹の織葉は、まだ三つだった。
 悲しみ。織葉は伊織がリイザに拾われたと同じ日、守護者に保護された。
「何で別れなんだ?」
 恨めしそうに、伊織はリイザを見下ろした。
「あんたが甘ちゃんだからよ。両親と別れたとき、寂しかったでしょう。アタシたちと別れるときも、悲しいはずよ。だって戦争屋って、それまでの自分を捨てなくちゃならないのに」
 命を、売るのだ。
 接近戦用に身体を強機械化し、戦場へと身を投じる。そのための技術が、エデンにはある。
 リイザは戦争屋並みの身体を愛用している。伊織に抵抗がないのはその所為かもしれない。
「アタシは、育ての親にこうされたのよ。それまでの自分なんて、なかったわ」
 物心つくかつかないかの頃に、リイザはすでに鋼鉄の身体を手に入れていた。
「だったらなんで捨てろって言うんだ?」
「捨てろなんて言ってないし。それに、何かを守りたくて戦うなら良いわ、でもあんたのそれは戦うために戦いに行くようなものじゃない」
「お前だってしょっちゅう喧嘩吹っかけてるし、買ってるじゃないか」
 あぁもう、とリイザは溜息をついた。
「温い空気が嫌いなら、そうじゃない場所に行けばいいのよ。アタシとライザの本拠地はここじゃない、26区ユーフォリアよ。狂乱と熱狂と陶酔の小島よ。そこを体験しないで安易に外に出るなんて馬鹿げてるわ」
 そこで生き抜くのは至難という。けれど外の戦場よりは、秩序があった。強いものが勝つ、シンプルな構造があった。
 ただ、エデンのほかの区に比べ、治安は劣悪と言われている。他の区では手に負えないものたちの封じ込められる場所だとも言われている。そこを自由に出入りできるのは、守護者だけのはずだった。
 リイザは、スイという守護者を手に入れ、特権を享受した。驕っているわけではない。ただ、利用できるものは利用した。「スイは甘いから」どんなことでもお願いできた。人を殺して欲しいという以外のすべてを、スイは許した。
 伊織にしても、リイザの庇護を受けているが、それを利用して自力で生きていることには変わりない。
「ユーフォリアで一年だ。それ以上はこんな島にいるつもりはない」
 きっぱりと言い切った。

「伊織ちゃん、いえ、イフェイオン。一年たったら鋼鉄の身体をプレゼントしてあげるわ。だからまず、その名を背負って、ユーフォリアに入んなさい。アタシの名前を使ってもいいし、とにかく一年よ」
 ユーフォリアで一年も過ごせば、青年も変わるだろう。より、生に貪欲に。
「生身で一年生き抜けられれば、とっておきの身体と武器を提供してあげる」
 悲しみだろうと何だろうと乗り越えてみせる。そう、伊織は頷いた。

 日はとうに落ち、水銀灯の灯りが、二人の影をぼんやりと映していた。



終。
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