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    2010

08.26

自由になる為に生まれた.3.

 リニアトラックに揺られ、幾らか歩いてたどり着いた建物の一階はコンビニエンスストアだった。脇にある古びた鉄の扉が、情報屋に示された場所だった。
 扉を開く重苦しい音は、喧騒に紛れた。コンビニの前にたむろした若者達が顔を向けてきたが、すぐに無関心なようにお喋りを再開した。
「避けたはずじゃなかったのか」
 自問した。
 何故、ダイヤの話がもう伝わっているのだ。幸い、姿形は伝わっていないけれど、このまま逃げることもできない。
 命に関わる大ごとを、しでかしてしまったのだ。
 開かれた鉄の扉の前で逡巡していると、人の影が差した。
「客かい?」
 見ると、白い髪に赤い瞳、長身で細身の性別不明が買い物袋を提げて立っていた。
 ――客か、と聞かれた。ならばこれが情報屋なのだろうと腹をくくった。
「相談がある。情報屋スイか?」
 ハイワンは、自分のそれより僅か低い位置にある、赤の隻眼を見た。片目が赤い情報屋、それがスイであるとメモには書かれていた。
「そう、運が良いね、たまたまこっちに寄ったんだ。いつも俺がいるわけじゃないから」
 落ち着いたアルトがハイワンを促した。
「情報屋に紹介されてきた」
「大抵のことはどういう形であれ解決するよ。ま、中に入れよ」
 友人のように、気さくに声をかける。先の情報屋もそうだったが、情報屋というものは皆そうなのか。
 足取り重く、階段を上がった。


 撒き餌をして4時間、エンよりも早くこの男を捕獲できたのは良いことだとスイは思っていた。
「宝石に保管されているデータを取り出せる技術者を探している」
 巨躯が二人掛けのソファの真ん中を占領している。ローテーブルを挟んで向かい側のソファの背に、スイは身体を預けていた。
「確実なのは、守護者お抱えの技術者に頼むこと。ちょっと手続きは面倒だし、闇で回ったものは扱えない」
 ちらりと男を見やる。
「海氏、だっけ、名前」
「ハイワンで結構」
「じゃ、ハイワン。そいつは流れ物だろう?」
 ハイワンは言葉を濁した。
「質問変更。俺が守護者だって、聞いてきた?」
 あくまでもライトに、スイは訊いた。慎重に言葉を選んで、ハイワンは返す。
「前の情報屋が言っていた……俺はエデン育ちだが、外で仕事を始めるまで、守護者の実在は信じていなかった」
「まぁ、妥当なところかな。『エデンの良心』ってのがある。そっちを頼る気はないか」
「それは蔡氏より強いか?」
「――蔡氏?」
 聞くと、知らないはずはないだろうという目で、見返された。
 開き直ってくれないものかな、とスイは思っていた。
「とある企業がこの情報を待っている。蔡氏に見つかる前に届けなければならない。そのためにはデータを洗い出しておく必要があるだろう」
 知っている、とは言えない。殺すつもりがあることも、言えない。
「『エデンの良心』はエデンにいる間は蔡氏より強くなければならない。あそこだって一企業だよ。だけど蔡主は別だ。……それに、エデンの良心には罰則規定がない」
「蔡主は、強いか」
「難しいことを訊くね。守護者として答えてもいいかな」
「如何様にも」
 半ば、投げやりなのが見て取れる。スイは小さく笑ってしまった。
「そもそもエデンは蔡氏が半分作ったようなものだ。技術者も蔡氏の息のかかった者が多かった。エデンの良心は、それらの権力筋から住民を守るために、守護者が作ったエデン固有のローカルルールなんだ。だけど問題がひとつ。今の守護者の長と蔡主は、非常に仲が良い。蔡氏には無理でも、蔡主であればと守護者が開けて通すこともある」
 ハイワンは、息を呑んだ。やはりここに来たのは間違いだったか、と。
「参考までに聞くけど、何のデータなのか、知ってるかな」
「――楽園の猫のデータだと言っていた。詳しいことは、何も」
「そうか」
 思うことをすべて飲み込んで、スイは営業スマイルで告げた。
「生きたいなら、逃げろ。ダイヤは置いていくといい。処分してやろう」
「どういうことだ、情報は」
「楽園の猫と祭主が絡んでるなら、何を置いてもまず逃げるが鉄則だと思うよ」
「なぜダイヤだと知っている!」
 狼狽するハイワンの前で、スイはふぅ、とひとつ溜息をついた。
「やっぱりダイヤか。駄目だよ、大切なことを頼むときは全部吐いてくれなくちゃ。で、情報の中身だけど……」
 立ち上がり、ハイワンを見下ろす。
「エンが知っていることなら、俺も多分知っているよ」
 褐色の双眸が、スイを見上げた。
「蔡主とは、知己か」
 諦めたような声色だった。
「残念ながらと言うか、幸いにしてと言うか」
「情報屋に宝石の話を流したのは蔡主だったか……」
 呟くような声だった。
 ハイワンは立ち上がり、ポケットの中に突っ込みっぱなしだった手を引き上げた。握られているのは、大振りの磨かれたダイヤだ。
 無造作に、ことり、とテーブルに置いた。
 情報屋に話を流したのは、他でもないスイである。だが、無駄に知らせるよりは、知らないほうが幸せだろう。そうスイは判断した。
「俺は殺されるだろうか」
「逃がしたとあったら多分俺も半殺しだな」
 だからと言って、進んで差しだしはしない。それがエデンの良心だ。守護者の慈悲の心だけが、罪人をも助けたいと願うのだ。
「俺も守護者の端くれだけど、エンにも猫にも良心なんてものは通用しないんだ」
 俺にも、と付け加えかけ、やめた。これ以上何を背負わせるというのだろう。
「それでも俺に逃げろと?」
「そうだな、突き出せば早いのにね。ゆっくりしてると、すぐ捕まるよ」
 スイは、金額の書かれていない小切手を渡した。訝しげにハイワンは突き出されたそれを見た。
「ダイヤの代金だよ」
 使い方は分かるね、と、それまでダイヤが握り締めてられていた掌に、押し付けた。

 ハイワンは、また追い立てられるように部屋を去ることになった。正直、あてはないし、何をどうすれば良いかすぐに思いつかなかった。
 重たそうな音を上げる鉄の扉を出たとき、小柄な人の影が下を向く視線の先に現れた。
 するすると吸い込まれるように、影の持ち主を見ることになった。
 小さな身体に似合わぬ、赤い房のついた青龍偃月刀が、太陽を受けてきらきらと輝いている。
「ワン、私はおろかな主であったか?」
 澄んだ高い声だった。
 黒い長い髪を丁寧に結い上げ、旗袍を着込んでいる。
「……蔡主、」
「私はお前を気に入っていたのだぞ、しかし許すことはできない」
 エンは、ハイワンを見上げた。
「私は私だから、貴様を許さない」
 くるり、と赤い房が宙を舞った。
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