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    2010

08.26

自由になる為に生まれた.2.

 ハイワンは急いでいた。
 主人である蔡主のペットの首飾りに「大切なデータ」が保管してあることに気が付いたのは、2ヶ月ほど前だった。それが東方の人工島エデンでその名を知らぬものはない楽園の猫にとって大変なダメージを与えるものであると知ったのは、たまたま主人がその父親と会話しているのを小耳に挟んだためである。
 ――曰く、そろそろ彼女達のものであるデータを無防備に晒すのは如何なものか、と。
 ――返すに、雪梅(シュエメイ)を飼って以来誰も気付きはしていない、と。
 ハイワンは、急いでいた。自分は今蔡氏の商売上のライバルから引き抜きにあっていた。楽園の猫について、彼女らを思うままに動かせる情報を持ち出せば、相応の金を持って応じると言われたのは2日前だった。エンが気付くのが先か、ハイワンが情報を持ち出すのが先か。
 気付かれれば命はないだろうと思っていた。エンは東洋人にしても小柄で、当主としての魅力に溢れた人物だったが、その性格の苛烈さは代を継いでから殊に有名だった。特に、家族に対しての裏切りを、彼女は許さなかった。大振りの青龍偃月刀を振り回した武勇伝には事欠かない。その彼女に気に入られたのは、ハイワンにとっては僥倖であり、同時に大きなストレスにもなった。
 確かに、ハイワンは急いでいたが、間違いを犯した。
 ダイヤを奪った後すぐに届ければ、身の安全は或いは確保されたかもしれない。だが、真面目なハイワンは、データとして提出しなければならないのだと解釈してしまった。
 故に、ハイワンは急いでいた。事を知ったエンの手が及ぶ前にダイヤをデータ化しなければ命がないと思っていた。そして、エンと親しいという楽園の猫の手も逃れなければならない。
 蔡氏ではない彼がエンのSPになったのはこのエデンで、である。エデン出身の彼は、エデンの外をよく知らない。エンからは「私の身を守ることだけを考えていれば良い」とだけ言われ、蔡氏に雇われることになった。実際、エンの身を守る者たちは、あらゆるしがらみを断つ為にと蔡氏以外から選ばれていた。そしてお互いにお互いを知ることがないよう、エンに躾けられていた。
 エンの言葉は天の声だった。それなのに、叛いてしまった。
「急がなければ」
 金を手にするより先に、命を奪われてしまう。
 データを洗い出せる技術屋を探しに入った情報屋で、思わぬことを言われた。
「そんな商社より、でかい金額でこいつを買い取っるって奇矯なヤツがいる」というのだ。
 その話に乗りそうになり、ポケットの中の人工ダイヤを握りしめた。
「いや、待ってくれ。今は身の安全のほうが先だ」
 ハイワンはかぶりを振った。
「データなんてモンは拝んじまったら最後、身を滅ぼすことにしかならねぇ」情報屋は囁いた。
「何とか技術者を見つけてくれないか」
 それしか言える事はなかった。罠に決まっているのだ。もしかしてこの情報屋も、敵なのか。
「情報屋のスイに言いな、こんなでかいモン扱うような腕は俺にはねぇよ」
 その名は、かつてエデンにいたハイワンにも馴染みの名前だった。それはエデンの守護者であるらしい。
 守護者というからには、エデンに住まうものを守るのだと、まことしやかに言われていた。
「『エデンの良心』に触れるかもしれねぇ、オレには荷が重過ぎる」
「……何だそれは」
 急に小声になった情報屋に、ハイワンは問うた。
「でかい宝石を嗅いだらともかく手を引けって情報がオレ達の間に出回ってる。いいか、忠告するぜ、命に関わるが、殺すのはためらわれるって場合に適用されんのが『エデンの良心』だ。大きな情報屋なら何とかするんだろう、けどよ、オレは小さな個人営業の情報屋だ、大口を――それもとびきりの巨大店を紹介しなくちゃこっちも危ねぇ」
「そこでどうしてスイなんだ。わざわざ他を探したのに」
 スイを避けて、というニュアンスを含める。情報屋は手を振った。
「オレが知ってる限りで一番上等の情報屋だ。小さなことから大事まで面倒を見てくれるって話だ。商売敵なんかじゃねぇ、あそこは守護者直営だからな」
「待て、守護者ってのは実在するのか?」
 情報屋は、ハイワンを哀れむように見た。
 それからは済し崩しだった。
 迷ったのがいけなかった。情報屋は渋るハイワンの手に汚い文字で書きつけた小さな地図を握らせ、幾許かの金を懐から取り、追い出すように外へと誘導した。
 エデンの中でも安全で穏やかといわれた23区アイアンメイデンで育ったハイワンは、これまでほとんど挫折を知らずに来た。警備会社に勤めていた際、まじめさをエンに買われた。
 それが災いしてか、「外」の情報屋には良いようにあしらわれてしまった。
「情報屋スイ、か……」
 大口の顧客をたくさん持つという。守護者だという。情報以外も扱うともいう。
 ――正体は、分からない。
 エデンに住まうもののほとんどは、守護者が何かを知らずに生きる。ごく一部の上層階級と一握りの研究者、エデンの暗部に生きる者たちでなければ、関わることがないのだ。ハイワンも、蔡主に仕えるまで実在すら怪しんでいた。ただ、慈悲のみでできているような存在だと夢物語に聞かされた。
「……ままよ」
 くしゃり、と地図を握り締めた。
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