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    2011

02.05

たくさんの君を知ってるつもりだけど 3

 だがその「仕事」は狂っていてもできる。久遠の「おばあさま」は完璧にやってのけた。愛する夫と娘を失い、二人を殺した恐ろしい悪魔を厭うた、そのことだけが彼女を狂人たらしめた。少なくとも、彼女は死ぬまでその考えを変えなかった。そして、その事象に関すること以外では、全く狂ってなどいなかったのだ。外交も内政も、機械のように完璧だった。ただ一度衝動的に街を破壊しただけで、彼女の風の刃が翠以外を襲うことはなかった。
 罪人は公平に裁かれ、善人は安楽を全うできた。
 月には守護者の思惑の加わった新しい人工都市が築かれ、世界的な交渉のテーブルには必ずと言っても良いほど彼女の姿があった。「風の魔女」――守護者の力と彼女の剛腕を、人々はそう讃えた。仕事では手腕を発揮する男が家庭では暴力を振るうことがあるのと同じように、彼女は外と内の顔を持っていた。犠牲者は、二人の娘だった。
 一人は、夫と娘自身を殺した悪魔と罵り傷つけた。
 一人は、愛した夫の忘れ形見と慈しみ愛おしみ殻に閉じ込めた。
 一人の娘は考えた。自分を傷付けることで自我を保てるならば、父の最期の言葉に従っていくらでも此の身を差し出そうと。
 一人の娘は考えた。母の言う通り、世界は悪意や害意に満ち溢れているから、殻に閉じこもらなければならないのだと。
 それらはすべて記録された。十二月守に係わる記録は十二月守にしか閲覧できない。先代華耶はすべてを二人の娘に伝えた。一人は許容し、一人は拒絶した。
 許容したのが久遠の母であり、拒絶したのが空の母だった。
 久遠にも、華耶から伝えられたことはたくさんあった。何故そんな恐ろしいことを教えられなければならないのか、幼い久遠は混乱した。それでも根気良く、翠も二人の猫も巻き込んで、記録は記憶として久遠に引き継がれた。
 二人の猫がなぜ知っていたのかは、デュークに言うべきことではない。ある程度事情を知っているデュークでも、猫どものことは久遠が伝えられる範疇外だった。デュークに伝えるならば、あの二人の許可が必要。デュークが興味を持っていることは分かっていたが、そこはしっかりと一線を引いていた。
「殺して良い人間と殺してはいけない人間を、狂っているかどうかで決めるのかい?」
「うーん……ちょっと違うんだけど、だいたい合ってる。その人が狂ってても狂ってなくても、周りに悪い影響があるなら、殺すべきリストに並べちゃうな」
 そして、徹底的に調べ、殺して良い理由が明瞭になれば、殺すのだという。エデンの住民の安全を図る為に。
 けれど、殺せるのは十二月守だけだ。他の守護者は、人の血を恐れる。人の血に触れれば、狂ってしまう。
 忙しい十二月守にはいちいち一件ずつ対応している暇はない。だから人工島エデンは楽園たりえない。特に、十二月守が代替わりした後は最悪だ。慣れない激務に、多くの十二月守は憔悴してしまう。その精神的支えとなるのが他の守護者であり、肉体的支えとなるのが、これまでの守護者が人柱となった巨大生体コンピュータだった。
 眠り姫を基幹とした生体コンピュータには、寿命を迎えた守護者が多く繋がれている。人よりもコンピュータに親和的な守護者に与えられた、それは使命だった。
「お前さんは良い子だねぇ」
 のほほんとデュークは久遠の頭を撫でた。その隣で、セミラミスは嫣然と微笑んでいる。
「アタシが思うに、お前さんは狂わないで守護者の生を全うできるだろうよ。空がいて、マリアがいて、猫がいて、翠がいる。何より伯爵はお前さんの味方だ。忘れちゃいけない、あのお人は確かに狂ってるが、お前さんに有用な人間だ」
「有用無用で判断しちゃだめだよ、デューク。そんなことをしたら、エデンは廃園になる」
 要するに久遠にとって無用だらけだ、と言っているに等しい。
「殺すことに躊躇いは感じないけど、人ひとり分の熱量情報量が減ることにはそれなりの意味があると考える。……分かってないね?」
「あぁ、分からないねぇ。何せアタシぁ頭が良い方じゃぁない」
「人形作れる人が頭悪いなんて、誰も思わないよ」
「職人馬鹿ってヤツさぁな」
 一種の照れ隠しだと久遠は判断した。背には似合わず大きいが繊細そうな掌から感じるのは、優しさだった。
「デューク、久遠が死ぬまで見ていてね。その代わり、守護者はデュークの人形の後見になる」
 簡単に言うが、容易いことではない。守護者の生は限られているが、人形の駆動機関はメンテナンスさえ怠らなければ永遠に等しい。
「守護者はいつか天使になるよ、空のように。地上のしがらみから解き放たれて、強くてしなやかで強い存在に。だから守るものが必要なんだ。放っておいたら空へ飛んで行ってしまうからね」
 その頃には守護者はエデンに執着しないだろうことを、聡い幼子は予見していた。それを恐れているのは、守護者を創った伯爵と女史であることに、あるいは守護者に支えられている眠り姫であることに、久遠は気付いていた。
「お前さんは少し頭が良すぎるようだねぇ。もっと簡単に考えてみると良い、世界の色は違って見えるだろうに」
「考えないと、ダメなんだ。思考停止したら、エデンが世界に喰われちゃう。久遠がいなくても空がエデンを守ってくれるように、考えて考えて考えなくちゃならない」
「お前さんの母親のように、永遠に生きることは選ばないのかい?」
「確実に狂うのが分かってて永遠を望むの?」
 十二月守だからといって狂わないという確約はないのだ。些細なことで狂った場合、狂ったまま永遠を生きることになる。守護者は人に交われば狂う。人の思考を覗き続けて正気でいられるわけがない。
 久遠はよく分かっていた。自分のやり方で持つのは、長くて四十年。その内十年をもう過ごしてしまった。残り三十年。それを過ぎれば、確実に狂うだろう。
 翠は永遠を望まれた時、すでに狂っていた。その狂気は人には分からなかったけれど、守護者すべてがいなくなれば自死を選ぶだろうことは久遠と猫との間で確認されている。「母が望んだ守護者の安寧を守ること」を己に課しているのだ。父の、母を守れという願いはすでに叶えられた。身体中を傷だらけにしても、それを必要とされている証だと言って。
「――そうさな、お前さんの母親は、確かに狂った後だった」
 母の願いを、翠は無下にはできなかった。私と私の愛し子達を、永遠に守って頂戴ね――守護者を永遠に頼むと、「夫に」頼んだのだ。優しく優しく抱きしめて、父親そっくりに育った娘にキスをして、狂った彼女は死んでいった。
「どんなふうに狂うか分からないのに、狂う前に永遠を望むのは、エデンの住人に対して悪いと思わない? だって久遠は、力持つ十二月守なの」
 彼女は、生体コンピュータに繋がれている。死んでしまえば意識はない、狂っていたのも不問だ。意識はあるのかと探ってみたが、生体コンピュータで意識を保っているのは基幹となっている眠り姫だけだった。
「意志が強い、良い子だなぁ。あのスイの子供だとは思えない」
 いや、だからこそ、か。悪魔と罵られても、翠はまっすぐ育った。
「良い子にはご褒美をあげよう。アタシの人形以外で、アタシに何かプレゼントさせてくれるかい?」
「ほんとう? うれしい! それじゃ今日は、デュークとセミラミスと一緒に、イーストモールでお買い物!」
「表情の良く変わる子だねぇ」
 無表情と微笑みと、全開の笑顔と。まだ怒りの顔は見たことがない。悲しむ顔は見た。随分と『参考』にさせてもらっている。
 有機物と無機物の違いはあっても、人の手で作り出されたものに違いはない。この笑顔も、作られたものだ。ただ、自分の手で産み出したものではない。
「久遠は大人しい方だよ? デュークのトコのジゼルと似てるって言われる」
「ありゃぁ大人しいっていうもんじゃない。はにかみ屋って言うんだ。物怖じしない久遠と似てるところなんざぁこれっぽっちも無いさね」
「初期のジゼルを久遠、知らないもんー。華耶さんに教育された後のジゼルは、きっと物怖じなんてしないよ。はにかんで見せておいて、すごく大胆」
 くすくすと笑う。縦に長い男の、細かい作業をするに似つかわしい優しい手に纏わりつきながら、くすくすと。
 性別が無いにしては、人を魅了するなよやかな仕草に思えた。これだから人は、守護者を愛玩したがる。そう執着する人を、守護者は怖がる。
 けれど久遠は怖がらない。だから人は戸惑う。これは何だ、と。
 心を読まれることを知っていて平気で付き合える人間などそう居はしない。既に人ではないといえる眠り姫は別にして、伯爵や女史はそれを望んでいたから兎も角、デュークの他には猫どもくらいのものではないか。もう一人、蔡主も心安いと噂に聞いたことがある。いずれにしても、多い人数ではない。それ以上のことをデュークは知らない。知らなくても良いと思っている。
 人間にしてはたくさんの守護者のたくさんの表情を見てきたと自負はしている。直接は知らないことも、間接的に見せてもらっているとも思う。
「久遠、お前さんは強いから平気で人を踏みつけるがねぇ、守護者のほとんどは人に踏みつけられる側だ」
「だったら踏みつけた人を殺してあげるよ?」
 にこりと微笑んで見上げる瞳は、猫どものように強かった。
「アタシぁ色んな人間を知ってるつもりだけどなぁ、お前さんほど油断ならないのはそう居やしないねぇ」
「褒め言葉と受け取っとく!」
 笑顔を桜の花弁が彩る。
「マァ、見事ナ桜吹雪デスコト」
 笑顔を見上げたセミラミスが、そのまま視線を移し、うっとりと呟いた。

 この桜の見える場所では、大きな争い事は起こらないという。
 それが二十三区を安全な場所にしているのかもしれない。
 塒にするデュークにとっても、気軽に遊びに出られる久遠にとっても、この桜はとても大切な場所だった。人工島エデン二十三区創建当時からあるという、不思議な場所だった。
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    2011

02.05

たくさんの君を知ってるつもりだけど 2

 デュークの人形は優秀だった。常に主が何を望むかを思考し、実行する。ただきれいなだけではなかった。
 久遠も、一体の人形を預かっていた。今は亡き守護者を主としていた人形が、その守護者の死とともに目を覚まし、主を偲ぶためにここ――守護者の住まうイーハ・ヒューイン――にいても良いかと申し出たのだ。ひとまず十二月守の預かりといった形で、残ることになった。この人形、ナキアのスペックは、眠りにつく前から更新されていなかったため、目を覚ますに当たり大幅なバージョンアップが図られた。頭脳であるニューロチップにまで手を加えたのは、デューク。長い間動かしていなかった体躯のメンテナンスを行ったのは、セミラミスである。自らに課したと同じバージョンアップをナキアにも求めた。「守護者ノ一助トナリマスヨウ」とセミラミスは微笑んだ。
 デュークの人型の人形には、主を自ら選ぶ者がいる。ナキアもその内の一体で、守護者を主と選んだのは先にも後にもナキアだけだった。
 主が死んだとき、多くの人形はともに死ぬことを求めた。動力を切り、自ら眠りについたものもある。また、高い能力を乞われ、一時は主の代わりを勤める人形もいた。しかしいずれ寄る辺無い人形は作り手の――デュークの元へ帰ることを願った。デュークも拒否はしなかった。二度、三度と主を買える人形も、数は少ないけれど存在した。「どこに差があるんだろうねぇ」とデュークは笑って言った。
「アタシたちが見えたのかい」
「見えるし、聞こえる。でもそんなに待たなかったよ」
「オ待タセシテ申シ訳アリマセン。いーは・ひゅーいん以外ニ守護者ニトッテ安全ナ場所ナドアリマセンノニ」
「久遠は外にも適応できてるから平気。人の血なんて怖くないよ?」
 にこりと微笑んで久遠は答えた。この子は同じ笑顔を、戦場の中でも浮かべることができるだろうことを、デュークはよく知っていた。
 少女でも少年でもない無性の身体を持つ久遠は、幼いながら確かに十二月守だった。
 どんな表情をして人を殺すのだろう。先代のようににこやかにか、先々代のように荒々しくか。いずれとも違い、いつもと同じように、穏やかにか。
「怖くない、と断言できるたぁ、さすがアタシの見込んだ十二月守だ」
「デュークのことも、セミラミスと一緒に守ってあげる。心配しないで、久遠は狂ったりしないから」
 祖母の事例は、十二月守でさえ狂うということを如実に語っている。最愛の夫を若くして亡くし、彼女は確かに狂ってしまった。
 だから久遠は「狂わない」とはっきり口に出して告げる。
 愛おしいと思うものができたとして、それを亡くしたらやはり狂うのではないか。つい、デュークは興味を持ってしまった。
「だがねぇ、久遠。お前の母親の母親は、そりゃぁ徹底した狂い様だったんだ。アタシぁ直接見たわけじゃないがねぇ、あの猫どもから逐一を聞いてるよ。その狂気に触れて、お前さんの母親も伯母さんも、形は違うとはいえ狂ってるだろう?」
「狂ってないとは言わないけど。でもね、大切なものは全部守るから。おばあさまは、守れなかったから狂った。翠は狂ったおばあさまを生かすために狂った。嵐おばさまは狂ったおばあさまに大事にされすぎて狂った。この環境じゃ、狂ったって仕方無いって思うでしょ、でもね、久遠には空がいる。マリアがいる。あの二人は絶対狂わない。それが――分かるんだよ、久遠には」
 事情は、デュークの知っているものと同じだった。違うのは、マリアを一個の人格として認めていること。デュークにとってマリアは人形と同じだった。セミラミスと同じ、最高の称号を受けるべき人形だった。
「アタシと同じように、人形に依存するのかい?」
「ますたーハ依存ナドシテオリマセンワ」
「人形がいなけりゃ狂人さね、セミラミス。アタシは人形が作れなくなったら死ぬと決めている、狂人なのさ」
 久遠は目を丸くした。
「デュークも狂ってるの?」
 そんなふうには感じない、と言う。
「それじゃぁ久遠、訊くがねぇ、何をしてアタシが狂ってないと証明するんだね?」
「久遠は十二月守だよ。人の心を覗きこむことが、言葉は悪いかもしれないけど、お仕事なんだよ。ちゃんと、狂ってる人とそうじゃない人が見分けられないと、誰を殺して良いのかも分からないでしょ?」

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    2011

02.05

たくさんの君を知ってるつもりだけど 1

 はらり、と花弁がひとひら舞った。
 見上げると、桜は満開だった。
 高台にあるソメイヨシノ。この人工島にただ一本の桜。花冷えの空は高く青く、春を告げていた。

 かつ、こつん。そんな左右非対称の音が聞こえてきた。その隣には、幾分せわしげにアスファルトを歩む音がする。
 久遠は認識の閾値を上げた。見慣れた神父服の男と人間よりは小さな、それでも幼子と同程度の大きさの人形がこちらへ向かって来るのを、幾つかの監視カメラが捕らえていた。首筋のデバイスと繋がっている手のひらサイズの通信機から顔を上げ、彼らが来るのを少し待つことにした。
 守護者は耳が良い。空気の揺れるその僅かな振動を、人より良く聞き分ける。高い音も低い音も、人間の耳よりはよく聞こえる。風を操る守護者の能力のひとつだ。
 故に久遠の母親は人と同程度の音しか聞き分けられない。風を操る能力を持たないのだ。そして、久遠は守護者の長だった。他の守護者よりも強い力を持つ。近親婚を重ねた所為だろう、と、守護者を作った研究者――伯爵は言った。そして久遠と同じ年に生まれた翼持つ天使の姿をした存在を、わが子が生まれたように喜んだ。これこそ目指していた姿だ、と。
 しかし伯爵は、その天使の母の畏れにまったく目を向けなかった。天使は目が見えず、声帯も持たなかったが、風を操る力は長である久遠よりも強く、何よりも精神的に強かった。異形を怖れた母親に疎まれても、全く動じなかった。或いは非情なのかもしれない。
 これが長生きをするならば、目指した守護者の完成形だと伯爵は言っていた。
 目は見えずとも、相手の視覚を借りることができた。声は発せずとも、相手の脳内に直接意思を突きつけることができた。機械の類にオフラインで干渉し、操作することができた。
 できることは、長である久遠よりも多かった。他の守護者達より感情の起伏が少ないのは、その力の強さ故だろうと伯爵は言う。感情でエデンを治められても困るから、それはそれで良い事だと言っていた。
 目が見えないのに、その子――空と名付けられた――は人の目をしっかり見据えて意思を伝える子どもだった。そうしなければ怖れられることを、よく分かっていた。
 ただ、長である久遠とは比較的識閾値が近いこともあり、遠距離での会話を気軽に楽しんでいた。
(デュークとセミラミスが来るよ。空も一緒に遊ばない?)
 時折、母は仕事の合間に外に出る時間を作ってくれる。はじめは一緒に、そのうち一人で、或いは猫と一緒に。あらゆることは経験してみてから判断した方が良いという教育方針だった。空は母親には疎まれたが、久遠の母親である翠には可愛がられていた。二人して出かけることもあった。
(今日はいい。今、マリアとゲームしてるから)
 マリアは翠のルームコンピュータである。守護者の居住区の各部屋には、一台ずつルームコンピュータがあった。起きてから寝るまでのあらゆる動作をサポートしてくれる。マニピュレータに促され顔を洗い、歯を磨き、自動で作られた食事を食べ……。守護者の生活に必要不可欠だった。そのルームコンピュータに、幼い頃の翠は一個の人格ともいえるべき物を与えた。そしてカスタマイズを繰り返し、とうとうイーハヒューインの外にデータバンクを作ったルームコンピュータが、マリアだった。今では「外」に主格がある大変珍しい一例だ。
(終わったらマリアとおいでよ。今日は久遠、1日オフにしてもらったんだ)
 久遠と空、二人のテレパシスに距離は関係なかった。
(じゃぁ翠が代わりをしてるの?)
(ううん、翠だけじゃなくて、海璃とマリアも)
 久遠は翠を母と呼ばない。翠は自分という個体を識別してほしいと言っていた。だから、父親もそれに倣って海璃と呼んでいる。空も久遠と同じように、翠、海璃と呼んで慕っている。
(そろそろ着くね?)
 デュークとセミラミスである。久遠が聞いた音を、空も聞いている。
(そうだね。何して遊ぼうかな)
 足音は随分近付いている。太い桜の幹を足音のする方へ回り込んで待つ。
 久遠に先に気付いたのは、セミラミスの方だった。セミラミスに搭載されている高性能アイカメラは、小さな人影を久遠と判断した。めいっぱい手を上げて、来訪を告げる。
 それを見たデュークも目を凝らすが、まだ認識できない。監視カメラを盗み見ながら、久遠はくすくすと笑って手を振り返した。
「ここだよ!」
 デュークにも桜は見えている。大きな樹だ。セミラミスの集音機は、他の音と久遠の声を聞き分けた。それを主に告げると、ようやくデュークも手を振ってくれた。見えてはいないだろう。
 背は高い。丸眼鏡をかけている。伊達眼鏡ではないことを、久遠は、彼の視覚を通して知っていた。眼鏡がないと視界がぼやける。低めの落ち着いた声は耳に心地よかった。
 何より、守護者に対して、他の人間たちのような興味を示さない。愛玩するわけでもなく、執着するわけでもなく。彼の興味は主に自らの作り出した数多くの人形に向けられていた。
 そのデュークが最高傑作だと褒め称えるのが、隣を歩くセミラミスである。白磁で作られたような白い肌、大粒のピジョン・ブラッドのような瞳、銀糸の流れるような髪、僅かに朱を刷いたような頬、均整の取れた少女の体躯。その背が人の三分の一程度であることと、口から零れるのが明らかな人工音声だということも併せて、彼女を最高の人形たらしめていた。
 日々進化する技術に合わせ、鋼鉄でできた身体をメンテナンス、アップデートし、主であるデュークに寄り添う美しく強い人形。それは多くの守護者にとって憧れでもあった。セミラミスを知る者は皆、口を揃えてその強さが羨ましいという。常に嫣然と微笑み、取り乱したり狂ったりしない。

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    2011

02.03

追憶

『兄様が傍に居て呉りゃるなれば、妾は此の話、受けましょうぞ』

 その悲しい声音を、ソフィアは忘れることができなかった。大人になれない少女の、搾り出すようなか細い叫び。
 今でも時折夢を見る。
 その時持っていた身体は、すべて機械に置き換わっている。脳だってそうだ。生体脳を欠片も持っていないソフィアは、人間と呼べるのかどうか。
 眠りを必要としないのに、白昼夢を見る。
 一時側に暮らした少女の、白昼夢を見る。
 機械の脳が見ているのは、本当に夢なのだろうか。
 記憶は記録として移植された。イメージの強い記憶ほど捜し易い場所に記録される。
 機械の脳でソフィアは夢を見たが、それはイメージの繰返しに過ぎないのだろうか。

 ロッキングチェアで、寛いでいた。戦争で手足を、身体を、機械化した者は多い。機械化技術はエデンを代表とする人工の和平締約都市で発達している。ソフィアは、そのエデンのトップに君臨する科学者だった。けれど、人々は口々に言う。イカレ技術者(マッドサイエンティスト)だ、と。
 それにソフィアは反論しなかった。
 ――思うなら思え。思想は自由。
 戦争屋に比肩する鋼鉄の身体を手に入れたソフィアは、自分に被害さえなければ大概のことは笑って通した。
 涙は捨てた。月面研究所の事故で母と妹を失い、移り住んだエデンの前身の研究施設で父も失った。エデンと名付けられた研究施設で得た親友はエデンの柱となり、臨月の近かった友人も失い、ソフィアに遺されたのは友人の体内にいた幼子ともまだ言えない赤ん坊一体だけだった。
 否、もう一人。
 幼い頃は「博士」と呼んで懐いていた、冷めた目をした科学者が残っている。エデンの柱となった親友の実の兄であり、その少女が淡い想いを寄せている唯一の人である。
 彼女は生体コンピュータの核となった今でも兄を慕い続けていた。
 ソフィアは一人だった。慕う人も、頼る者も、なかった。
 ただ、気紛れに、手に入れた形になった一体の赤子を左右に割いた。割いたと言えば聞こえが悪い。科学者の悪い性だった。頭蓋を開き、脳を左右に別けた。足りない器官は生体科学と機械技術とクローニングを駆使して、一人を二人に増やした。
 今、赤子は培養液の中で育っている。区別をするため、右脳側には「R」、左脳側には「L」とプレートに刻んだ。
 これは我が子だ、と思っている。全身を機械化した自分に相応しい、歪な子どもだ、と思っていた。
 望む形ではなかったが、親友が助けてほしいと願った子ども達は代を重ねて守護者と呼ばれるようになった。
 それらは親友の子だと思い、見守ることにした。
「いずれ、出会うか……」
 出会うだろうか。自分と親友のように、親交を深めてくれるだろうか。そして、自分たちのように、引き裂かれてしまうのか。今、自由に会うことができるのは、システムの調整を行っている彼女の兄一人だけだ。ソフィアは担当者ではないという理由だけで、少女に会うことができなくなってしまった。
 それを決めたのは、既に死んだ研究者達だ。破ったからといって咎める者はない。
 咎めるとすれば、自らだ。
 女史と呼ばれ、人を顎で使う身分になった。それがすべて煩わしく思えてならず、ソフィアはエデンを出たり入ったりした。機械化率はとうとう全身に及んだ。

 今ではたまに、少女の方から話しかけてくる。ソフィアはそれを笑顔で迎える。
 はじめて会った時とは、お互い姿が違うけれど。
『元気かや。其方の子らはどうじゃ』
「あぁ、エーダ。お察しの通り元気。あなたも調子が良さそうで何より」
『妾が子等も随分増えた。妾がいつまで持つやら、親の実験の先行きは分からぬが、其方が居て呉りゃる故、安心して居れる』
「あなたの両親も思い切った実験したわね。他に被験者はいなかったのかしら」
 昔、ドーピングを受けた兵士の寿命の極端な低下が、戦争を行う世界で問題になっていた。殺し殺され死ぬのではない。薬害だった。それを防ぐための薬の開発が叫ばれたとき、ルードヴェルゲン夫妻という著名な研究者が寿命を延ばす薬を開発した。犠牲になったのは、数多くの実験動物と、自らの子供達。夫妻が死んだ後も二人は寄り添って生き続けた。
 二人を分かつものはなかった。エデンという都市計画ができるまで。
 そしてその計画も、二人を決定的に分けるものではなかった。エーダは兄と離れることを拒み、ヴァレリーはそれを受け入れた。
『妾には分からぬ事じゃ。兄様なれば何ぞ知っておるやも知れぬ』
 長い時を掛け、兄は両親と同じ科学者になった。蔡氏を後ろ盾に、強い力も手に入れた。すべては妹・エーダの為に。
「博士は何も言わないわよ。エーダが幼かった頃から一人で守ってきたのでしょ。私に分かるのはそれくらいね。あの人は私には喋らない」
 親が作った薬の化学式は、二人の兄妹とともに高値をつけられて各地を転々とした。美しい兄妹は観賞用に、複雑な化学式は富を得るために。じきに兄は、化学式を理解するようになっていた。その頃には、機械化技術も進んでいたが、安価なドーピングは兵士の欲しいゲリラに大量に供給されていた。兄妹に投薬された薬も、多少高値ではあったけれど、優秀な兵士を生き残らせんがため、やはり大量に作られていた。
 ただ、人を選んだ。
 すべての人を一様に長寿化させるものではなかった。
 現に、ソフィアにも薬は効かなかった。永遠を生きるかもしれない親友の話し相手になるため、ソフィアは自らを機械化することを厭わなかった。
 死ぬのはどうでも良かったが、残された方は哀しい。居た堪れない。何度も喪失を経験した親友には「自分の喪失」を経験させたくなかった。家族すべてを奪われた生体科学の実験に手を染めたのは、何故だったのだろう。思い出せない。重要度の低い情報として記録の奥底に眠っているのだろう。
『母になるがは如何様な気分じゃ?』
「実感ないわ。腹の中にいるわけじゃないもの。エーダはどうして守護者を助けたの?」
『さて。人の形を成したものが壊されゆくを、悲しゅう思うたのやも知れぬな……』
「でも、守護者の母よ、あなたは。自らに繋いで育んで、自ら望んで助けて、繁殖まで許させた」
『そうじゃな。もう良かろうと思うた』
 エーダは科学者ではない。エデンに捧げられた人柱だ。彼女がいるからこそ安定することのできたシステムマザーを、非人道的だと非難する研究者はいなかった。研究者としては駆け出しだったソフィアに、否やを挟む余地はなかった。
 だから涙を封印した。臨月の友人が事故にあった時、流す涙をソフィアはすでに失っていた。
「一人はさみしくても、二人いれば何とかなるわ。私がいなくても二人でいれば、私の子ども達も平気かも知れない」
『其れが二人に分けた理由なのじゃな』
「そう、後付けのね。本当のところ、何でそうしたかなんて分からないのよ。ただ、何となく、なるべくしてなっただけ」
『そう、成るべくして成ったのじゃ。妾もそう思うえ』
 つまるところ、理由などないのだ。
 神のみぞ知る。
 ロッキングチェアに揺られ、ソフィアはふふ、と笑った。
「三百年近く生きてきて、初めて子供を持つわ」
『詰らなんだら如何にする』
「そんなの」
 微笑顔で答える。
「捨ててほとぼり冷めるまでエデンの外に出ることにでもしようかしら」
『簡単に言うのう』
「エーダも博士もいるんだもの、心配なんてないわ」
 こぽり、と培養液の中を空気が通る。
 聞こえているのだろうか。胎児は外の音を聞くという。
 聞こえていたとしたら、どう育つだろうか。
 育ててみなければ分からない。不確定要素が多すぎる。それは案外楽しそうなことだ、とソフィアは思った。
「完全にエデンを出るつもりはないわよ。エーダがいるもの」
『妾の為に残ると?』
「三百年近く親友だった人を見捨てていけるほど、人間捨ててはないつもり」
 ほほほ、とエーダが声を立てて笑う。
『既に人であるパーツなぞ無かろう。したが其方が言葉じゃ、妾は信じようぞ』
「ありがとう。これで安心して子供をわがままに育てられるわ。何よりエデンの基幹システムが保証した人生だものね」

 十代目守護者が生まれる少し前のこと。
 女史と呼ばれる科学者と、眠り姫と呼ばれる被験者の、僅かな時間の共有だった。
 秘密を共有する少女同士の、他愛のないお喋りだった。


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