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    2010

10.21

遊戯・幕間2

 モニターに映った雑多な映像はそのままに、部屋は客人を迎え入れた。情報屋スイである。
 情報屋、と言った場合は、多くは個人を指さない。それは人であるかと仮定したとき、情報屋はそのすべてが人ではなかった。生物であるかと問われれば、一人だけは、と答えられる。守護者十代目二月守翠(スイ)と、そのパートナーであるコンピュータ・マリアが中心なのだ。いずれも人間ではない。そして今では主を持たないデュークス――人形屋デューク製のレプリカント・ドール達の多くがその手伝いをしている。
 主持ちのドールのメンテナンス代だけでは、人形屋はやっていけない。本来人形とは人の言う事を聞くものであるが、初代デュークの作った人形は主の言いつけさえ守らないものが多かった。三代目となった初代最後の人形は、自ら人形を作り出せた。そのように、つくられた。三代目が作り出す様々な人形のほとんどはヒトガタではなかった。鳥、猫、犬、魚。様々な生物の型を写した値頃な商品がつくられていた。
 それに加えて、稀につくられる人間が高値で欲するヒトガタの素体が人形屋の主な収入源だった。一番の上得意は、楽園の猫。ラグドールとリンクスはその姿を服のように変えることで有名だった。誰も彼女らの本来の姿を知らない。伯爵も特に興味を持たないらしく、彼女らのDNAに沿った姿は伯爵はもとより当人達も調べていないという有様だ。生まれる前の姿は、胎児を受け取った女史のみが知っている。両親は、すでに亡い。そこまでは、伯爵も知ることだった。
 今回の人買いブローカーの騒動は伯爵が手を回すという異例の行為で、26区らしからぬ終焉を見た。
 伯爵は、それなりにエデンを愛でていた。自らが設計段階から関わった島だ。そして、妹が人工島を統御する生体コンピュータの核にと志願してから300年余り、エデンに縛られ続けている。
 革張りの椅子の背に深く身を預け、カウチに座る二人に目をやった。
「何故助けた?」
 誰を、とは言わない。分かりきったことだった。
「むしろ俺に頼んでおいて何で助けないか考える方が難しいと思うけどね?」
 伯爵を前に、緊張もしていない。するまでもない。長い間蓄積されたエデンの膨大なデータを手にできる位置に、スイはいた。伯爵が何者であるかも、知っていた。だから、必要以上に畏れる必要はない。
 その態度は、リドルにとって我慢ならないものではあったが、主である伯爵が何も言わないので黙って控えている。
「翠が来なければ、わたし達は放っておこうと言っていたのよ」
「右の猫と人形共ならばそうするであろうな」
 マリアのことも、人形と一括りにする。基はエデン中枢、守護者の居住区であるイーハ・ヒューインのルームコンピュータだ。親子の情の強くない守護者にとっては、生活のほとんどを頼るのがそれぞれの部屋に設置されているこのコンピュータだった。ただ、マリアが特殊なのは、翠がどんどんプログラムを追加していき、己で学び行動するコンピュータとなっていることだ。本体はイーハ・ヒューインにあるが、シンクロするスーパーコンピュータをイーハ・ヒューイン外に備え、端末機と呼ぶ人間大のヒューマノイド・ロイドを多数持っている。
 また「右の猫」とは、彼女らの出生を知る数少ない者にしか通じない言葉だった。リイザとライザの育て親である女史は、戯れに胎児の脳を左右に分け成長させた。脳以外のすべてを機械と入れ替えた女史にとっては只の興味。脳の半分が機械であるか、それともすべてが生体であるかが、二人の娘と女史の違いだった。
 それでも一応人間扱いをする。生きながらコンピュータに繋がれたエーダも、彼女らと似たような者だったからだ。伯爵は、人とそうでないものとの区別を明確に付けていた。
「梅見月よ、彼の子らをもエデンの住人と判断したか」
 梅見月とは二月の異名、二月守である翠のことを伯爵はそう呼ぶ。
「エデンに降り立てば、皆エデンの子どもさ。外でどうやって子どもが育つのか俺は知らないけど、エデンで生きるすべは教えられる」
「それも九代目の命だと」
 九代目十二月守は、翠の卵子提供者だった。母親だと言わないのは、そうなる確執があったからだ。
「あの人は優しい上に強かった。零れ落ちるものも皆拾うだけの力があった。あの人だったらそうしただろうことを、俺はしただけだよ、伯爵」
「それで、今回の依頼の御代だけれど、後で請求書を送るようにするわね。言い値で良いって言うものだから、リイザさんがしっかり請求するつもりでいるわ」
「相手方も潰して呉れた故、多少は目を瞑ろう。其方も随分煤けて居る、洗浄・コーティングは此処でもできる故、見苦しゅうないようにするが良い」
「あら、一戦交えてそのまま来たのよ、少し綻んでいる位大目に見て頂戴な」
 血に塗れたままでカウチに座っているのだから大概である。幸いなことに被った血は乾いている。カウチのクリーニング代など出す気は更々なかった。
 もっとも、端末機を変えて来れば良かっただけの話ではある。会話も戦闘もすべてのデータがチップに保管され、そのチップさえ入れ替えれば記録はそのままに新しい端末が利用できるのだ。
 凄惨な状態に似合わぬおっとりさで微笑むマリアに、リドルがとうとう噛み付いた。
「口を開けば金銭勘定等と、随分庶民的感覚をお持ちですね。天下の情報屋が聞いて呆れます」
「お人形風情に呆れられても困るわ。わきまえるのはわたし?それともあなた?」
「人形同士で争うでない、見苦しい」
「伯爵、マリアを人形扱いするなよ」
「人の形(なり)をしたモノだ、人形で合うておろうが」
 ふんぞり返って偉そうに告げる。また、それが様になっている。
「それじゃ、意図的に作り出された俺たち守護者も、人の形をした人形か?」
「そもそも人の姿は目指して居らぬ。人外の化け物よ」
 300年を軽く越えて生きるモノに化け物扱いされたくはない。
「……ていうかさ、水掛け論になるから、とりあえず誰も人間じゃないってことで手を打っとかない?」
「我は人間ぞ」
「生まれだけはね」
 誰も否やの声を上げはしない。リドルとて、伯爵をただの人とは思っていない。そういう辺りがプログラムという名の教育を施す伯爵の楽しみでもあった。
「ブローカーの絶命とチップの破壊は確認したし、これがその証明用の戦闘中のアイ・カメラの映像全部。子どもは俺が2区の児童保護施設へ引き取った。じゃ、一応報告終わりってことで。帰ろうか、マリア」
 アイ・カメラの映像など、本当は必要としない。通信用にオンラインだった人形達すべての視認データの同時中継ができる程度の設備がこの部屋にある。一応形だけはね、とスイは机の上にチップを置いた。
「エーダによろしく。――全部見てるだろうけど」
 それがエデンの核だった。
 翠の訪れはいつも静かなものだった。リイザのように噛み付きはしないし、ライザのように皮肉を塗した言葉を並べることもない。投薬されてから永くを生きるようになっても、基本、翠は確かに守護者だった。
 女史のように、付かず離れず、永い時を共にすることになるのだろう。伯爵はくつくつと笑った。
「真逆、守護者が望んだ形になる前に、我とともに時を刻むものが現れようとはの」
 望んだ形。十一代目にしてようやく現れた翼持つ天使の姿。細胞を調べた限りでは、それまでの守護者とは全く異なり、永く生きるだろうとの結果が出ている。問題は、何人が生き残るかだ。十数名を数えた守護者の数は、減少に転じている。研究者達の望んだ姿の、いわば変異した守護者は、性別を持たない。子を望めない。そして、クローニングもできなかった。
 数の減った守護者達を支えるのはエーダを中心とした生体コンピュータだった。十代目十二月守が月へと「逃がした」数名を除き、すべてが生体コンピュータ群としてエーダを支えている。
 愛しい妹を守るためには、守護者達も必要不可欠。狂わんばかりの愛情は、他の何にも向けられなかった。エーダがエデンの核である限り、伯爵はエデンを守り続けるだろう。
 それこそが、エーダの望みでもあった。
「晴れて狂者の仲間入りってことだ」
 翠は、伯爵を哀れんでいた。エデンでは強いといわれている伯爵も、世界に比すれば小さな存在だ。愛しいエーダを守るためだけに、強い振りもしなくてはならない。
 すでに本来の姿ではないのだろう。伯爵と呼ばれるようになってからは。
 女史もとうに人間であることを捨てている。リイザやライザもまた人であろうとはしていない。
「其方も我を狂うて居ると言うか」
「狂わなくちゃ、やってられないってことさ」
「言えば、其方の生も幼き頃より狂うたな」
「あの時狂わなかったら、真っ当な守護者として今頃生体コンピュータの一部だよ。どっちがマシかは知らないけど」
 生きていれば、辛いことも楽しいこともある。できることもある。
 その「できること」を為すために生きているのだと言い聞かせながら、日々を送るしかない。もとより、狂っているのだから。

 翠たちが帰った後、ふたたび伯爵はカウチに寝そべっていた。
「リドルよ、覚えておくが良い。あれらは優しすぎるが、我らが作ろうとしたはエデンを守る厳しき生き物。其方が困ることがあらば、彼れを頼れ。其の時、既に守護者は厳しきものになっておろう故」
 エーダにもそう伝えるが良い、と夢現に呟く。まるで「その時」には既に自分がいないかのように。

 リドルは答える言葉を持っていなかった。伯爵がいない世界など、彼にはないものだったからだ。
 困ります。そうは言えなかった。主のまどろみを妨げたくはなかった。リドルはコンピュータにコードを繋ぎ、しっかりと伯爵の言葉を記憶させた。
 そうすることが、義務であるかのように。




終。
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    2010

10.21

遊戯・幕間1

 室内には、無造作に置かれた大小のモニターが散見できた。数えるには嫌になりそうな数だ。それぞれが違う場面を写しており、もしきちんと並んでいたならば警備室の一角かと思われる様相だった。
雑然とした室内には他に、モニター同士を繋ぐ無数のコードと円筒形の天井まで届く水槽がいくつかあった。
 円筒形の水槽にはそれぞれナンバーが振ってあり、それは金属プレートに彫られて足元近くに貼られていた。水槽の中には、今は何も無い。
 白い、真っ白な壁と天井、リノリウムの冷たい灰色の床に不釣合いな重厚な調度が三点あった。
 ひとつは、大振りのカウチ。豪奢なゴブラン織りは、天然毛の製品だと思われる。猫足は高級木材といわれる紫檀だろうか。
 ひとつは、マホガニー製の大きな机。黒光りするまで丁寧に磨き上げられ、塵のひとつも落ちていない。雑然としたモニター群とはまったく似合わない。
 最後のひとつは机とセットだろう大きな革張りの事務用椅子。
 ひときわ大きなモニターには、ガラス製の棺のようなものに入った少女が映し出されている。透き通るほどの白皙の肌、僅かに紅をはいた様な頬、閉じられた瞳、その瞳を縁取る長い睫毛、声を発することの無い赤い唇はたっぷりとグロスを塗ったように艶やかだった。豪奢な金の巻き髪は長く、背丈ほどもある。開くことの無い瞼の奥には何色の瞳が隠されているのだろうか。すっと通った鼻梁に、卵形の輪郭。美少女と言っても誰も異は唱えないだろう。見たもの誰もが恋するような、そんな少女だった。けれど、この部屋の主には見えない。モニター群が、水槽群が、相応しくない。
 部屋の主は、カウチに寝ていた。気だるげな表情で巨大なモニターを見つめている。いつ彼女の目が醒めてもいいように。
 薄い金の髪は真っ直ぐ長く、膝裏まである。モニターを見つめる瞳は、氷の蒼。肌の色はモニターの少女と同じ白皙で、眠っている彼女よりも色素が薄い。引き結んだ唇は、何をか言えば従わざるを得ないだろう力を持つのだろう。
 見た目は二十代の青年に見えなくもない。しかしその瞳の色は深かった。とても十年単位で計れるものではない。年月の重みが、そこにはあるようだった。
 身に付けたスタンドカラーのシャツは珍しい天然絹製で、スラックスもツイードの上等なものだ。その上に、しっかりと糊のきいた白衣を羽織っている。ネームプレートは、ない。
 美貌、と言っていいのだろう。見たものすべてが硬直し会話に困るというほどではないにしろ、美しかった。ただこれも、年を経たワインのように年月により魅了するといった意味合いも含まれる。
 す、と男性にしては華奢な手を上げると、すぐそばに控えていた人形が、何も言わずに反応した。その手まで、飴色の酒の入ったグラスを運ぶ。
 この人形も、とても愛らしかった。艶めく銀糸のような髪に白磁の肌は彩られ、淡い薔薇色の頬はふんわりと微笑んでいる。淡い桜色の唇は、微笑んだ形のまま凍り付いているようだった。主と同じく、冷たい印象を拭えない。特等のアメジストの瞳に、感情の色が無い所為だった。
 丸襟のブラウスにリボンタイ、吊りのハーフパンツという出で立ちは、いかにも良家の子息といった感じである。唯一人形らしいのは、その大きさが人の三分の二程度というところだ。
「リドルよ、其方煙硝の臭いがするが、何かあったか」
 微笑みを張り付けたまま、リドルが答えた。
「猫どもに撃たされました。一発のみ、私は無傷です」
「そうか、先のブローカーの件であったな。とうに終わったか」
「十代目二月守が連れて来られた者たちを保護し、施設へ収容するため26区を出たところです。契約があります、終われば報告がありましょう」
 これにもそうか、と伯爵は頷いて返す。
「マスター、その…」
 言い淀むリドルに、伯爵は初めて視線を向けた。
「如何した」
「許可を得ず発砲しましたこと、お詫びいたします」
 伯爵は、喧騒の原因を作りだす割には、自らをその喧噪の中に置くのは嫌いだった。26区に於いて絶対的なその力は、その絶大な情報量に由来した。26区で、あるいはエデン全島で、彼の知らないことはない。守護者ですら忘れたことを、彼は記憶している。良いことも、悪いことも。
 かつて、その背後には蔡氏がいた。今ではその繋がりを知る者は、伯爵当人とかつて伯爵のパートナーであった女史くらいである。蔡主ですら、その記憶は途切れている。しかしエデンの歴史を記憶している者は知っている。何故彼がエデンの主であり続けているのかを。
 いや、確かにエデンの主人は守護者の長だった。しかしそれは伯爵が認めているからそうであるということだった。その事実を知る者は少ない。たとえば楽園の猫。たとえば情報屋スイ。――守護者ですら知る者は僅かだ。
 楽園の猫は女史のすべてを引き継いだ仕事屋であり、情報屋スイは翠自身が楽園の猫の一人であるということを考えれば、伯爵と女史に係わるもの以外はそれを知る者はないということになる。
「責を問うているのではない。案ずるな」
 果たして人形に心配があるのかどうか。デューク作製、伯爵プログラムという稀有な存在ならば、あるのかもしれない。守護者を創ったのは伯爵と女史だ。その守護者を守護者としたのは、棺に眠る少女――エーダだった。
 エーダの存在を知る者はすべて、彼女が伯爵の妹であることを知っていた。特に女史は長い間兄と二人きりだったエーダの心の支えだった。
 静寂が時を支配していた。衣擦れの音ひとつ立たない。
 ふ、とリドルが顔を上げ、巨大なコンピュータから自身に繋がれたコードを引き抜いた。
「スイが戻ったようです、出迎えて参ります」
 リドルは足音も立てず、その場を立ち去った。

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    2010

10.15

遊戯4

 荷はリイザが指摘したとおりに、子どもばかりだった。粗末な身なりはしているが、衰弱している様子は無い。何のために連れてこられたかは定かではないが、少なくとも機械化はされていないようで、一人でユーフォリアに放り出されたら生きてはいけないだろう。
 5、6歳の幼子から、上は12、3歳だろうか。全部で25人。埠頭には接岸に必要最低限の灯りしかなかったが、リイザや人形達にはそれで充分だった。
『行キマショウ』
 言葉を発する必要は無かった。無線でオンラインを保ち会話する。人の多い場所ではノイズが多いこの方法は、閑散としたこの場所ではうってつけである。
 まず動いたのは、ふわふわ緑のリイザである。綿菓子のような頭は、はっきりとこの場所にそぐわなく見えた。
「人のシマ、荒らしてんじゃないよ」
 すぐに、大口径の銃口がリイザに向けられた。発射までの時間も短い。それらの銃弾を避けるでもなく突っ込んでいく。当たりそうなものはすべてワイヤーソーで叩き落す。目指すは、船から降りた四人の大人。
 がつがつという足音は二人分、けれど男達からはリイザしか見えない。小柄なリイザに隠れるようにしてそのすぐ後ろをレジーナが走っていた。
「何だこいつ、馬鹿か」
 戦車を相手にできる戦争屋である。常識的に考えて突っ込んでいくのは頭のネジが飛んだとしか思えない。
 男達は弾幕が切れないように交替でライフルをサブマシンガンに持ち替えていく。それでもリイザの足は止まらない。むしろ速度を増す。その程度の弾では、リイザの鋼鉄の身体に何ら影響は無かった。人工皮膚がはがれる程度である。
 マガジンをひとつ使い切る前に、一人目が倒れた。ワイヤーソーで足首を切断し立てなくした上で次の獲物に取り掛かる。
「何が起ったんだ!」
 距離にして10メートル程度、豪腕と聞いていた商談相手が襲撃されている。そこまでは分かった。が、それ以上を考える前に、鮮血が散った。
 リイザの後ろから離れたレジーナが、真っ赤な塊になって一人目を襲ったのだ。狙うは首筋、一点のみ。超振動ブレードのコンバットナイフが的確に弱点を狙う。
「マッタク、早過ギマシテヨ」
 それこそ全く感情のこもらない声で、セミラミスが言う。ちょうど4台目のセダンに爆弾を仕掛けたところである。
「引き上げるぞ!」
 難を察した島側の人間がばたばたと車の方へ戻ってきた。だが、そこにも悪魔がいた。
 セミラミスより手際よく爆弾を仕掛けた天照である。
 漆黒の髪を結い上げ、主とお揃いの赤い房のついた青龍偃月刀を構え、にこりと微笑んだ。
「引き上げさせるわけにはいかんのだ」
 くるりと青龍偃月刀を回すと、一人目の胴が真二つに割かれた。逃げようとしていた男達の足が止まる。何が起ったのか理解ができているわけではなかったが、そこに恐怖があるということだけは理解した。
 数人がわあああああ、と叫び声を上げながら、アサルトライフルを撃ちまくった。敵も見方も無い撃ち様だった。人工皮膚はコーティングしなおせばいい。人形達はライフルなど恐れていなかった。
「煩いわね」
 船から戻ったマリアが一人の後ろからバヨネットで後頭部を突いた。が、ちょうど口から剣先が突き出た格好になってうまく引き抜けない。重量級の男の身体を足蹴にして銃剣を引き抜いた。
「加勢するわ。あっちは予定通りリイザさんに任せましょう」
 男達は前をセミラミスと天照、後ろをレジーナとマリアに挟撃され、進退窮まった。すでに人数は三人減っている。
『先ズハ退路ヲ絶チマショウ』
 セミラミスはそう言って、四つの遠隔ボタンをひとつずつ押していった。順に巨大な音と光と炎と黒煙が上がる。運転手諸共、セダンが爆炎に消えた。
『了解』
『えぇ』
 天照とマリアがそれぞれ持っていたボタンを押す。残るワゴンと接岸していた船が爆音を上げた。
 辺りが急に明るくなった。
 子供達はひとかたまりになって怯え、身動きができなくなっていた。リイザがワイヤーソーで飛ばした男の頭が目の前に転がると、幼い子らは声を上げて泣き出した。
「泣く度胸はあるのね」
 血を浴びたマリアが、凄艶に笑う。
「一応ハ外デ生キテキタノデショウカラ」
 使い終わったボタンを放り投げ、セミラミスはアサルトライフルを構えた。
 本来セミラミスは荒事専門の人形ではない。だからできるだけ低反動の武器を使う必要があった。また、接近戦も基本的な動きしかできない。怪我を気にしなくて良いだけスイよりは強かったが、ガード・ドールである天照やレジーナとは比べ物にならない。
 それでも、初代デュークが足を負傷してからは彼がどこにいても生き残れるよう、相応の改造が施されている。弱くはない。
「貴様ら、何者だ?」
 炎に照らされ辺りが見えるようになったところで、リーダー格と見られる男が聞いた。思った以上に落ち着いた深い声だった。
「楽園の猫と情報屋スイですわ、ミスタ」
「猫どもとスイだと…?」
「依頼ガアリ、参リマシタノ。少シ派手ニ動キ過ギタヨウデスワネ」
 マリアが、血に濡れたバヨネットを男に向けた。
「殲滅が望み。故に死んでいただきますわ」
 ターンと軽い音がする。当たったのは腹部、防弾装甲に守られて怪我は無い。それを合図とするように、乱戦が始まった。
「死ぬために来たんじゃねぇ!」
 喚きながら、その場を離れようとした男がいた。めちゃくちゃにサブマシンガンを撃ちながら、一方だけ開けた場所に向かって走り出した。
 瞬間、どさりと仰向けに倒れた。
「殲滅が望みだと、伝えたはずですが」
 透明な少年の声だった。短銃を構え、見事に眉間を撃ち抜いたのは、他でもない、リドルである。
「立っているものは親でも使えというでしょう」
 ころころとマリアが笑う。
 ドン、と鈍い音がした。リイザがグレネード・ランチャーを至近距離で撃ったのだ。無茶苦茶である。反動で地面で一回転し、相手の胴に風穴が開いたのを確認してから4人目に取り掛かる。
「頭蓋骨を強化していなくて良かったな」
「失敗したら目玉を撃ち抜きますから貴女などに心配していただかなくても結構です」
 レジーナの軽口に、上から目線でリドルが応じる。
 人間にとって人形は厄介な相手だった。的が小さい上、当たってもダメージが少ない。反動に強く、速度を相殺しない。小さいから余計にそう思えるのかもしれないが、動きも早い。
 爆発の炎で視界が良くなった第三埠頭は、煉獄のようだった。
「これで最後よ!」
 戦車砲にも耐える戦争屋の頸部をワイヤーソーで絞め、切り落としてから、リイザは片腕を上げた。
 人工皮膚は剥がれ落ち、鮮やかな緑だった衣装は煤と油に塗れている。ただ、爛々と光る猫の瞳は、楽しそうだった。
「こちらも最後だ」
 返り血で赤く濡れたラバースーツが、炎でてらてらと光る。青龍偃月刀の刃も血に塗れている。最後の一人の首を串刺しにして放り上げ、振り落とす。力技だった。
「お見事でした。確かに、契約の履行を確認しました」
 千切れ飛んだ腕や脳漿が撒き散らされた中、涼しい顔をして全く無傷のリドルは威丈高に言った。
「残るは子ども達だけれど」
 マリアが、煤だらけのまま思案顔になる。
「スイがいれば保護して2区辺りの児童養護施設に入れろって言うでしょうねぇ」
 まだ炎は高く上がっている。爆発が起きてからそう時間は経っていない。一部始終を見ていた子ども達は、恐怖で何も言えないでいる。何かを言えば殺されるかも知れないという恐怖は、リイザにも分かった。
「ほっとけば明日にも死体だわね」
 聞こえるようにわざと言う。
「リドル、伯爵は何て?」
「先にも言ったとおり、裁量に任せるということですが、異存でも?」
「そーですかそーですか。あー、アタシ、めんどいのパス。いち抜けた」
 頭の後ろで腕を組み、さっさと山手へ引き上げている。その後ろをついて行くように、天照も歩き出した。
「特に見目が良いという訳ではない、蔡氏でも使わんぞ」
「幼子の細腕と拙い頭に情報屋の末端を任せるわけにもいかないだろう、セミラミス」
「第一ニ此レダケノ人数ヲ運ブ術ガアリマセンワ」
 小さくなっている子どもを目の前にして二体の人形とマリアが腕を組んでいるところへ、ジゼルが駆け寄ってきた。
「……見つけた!」
 人ならば、息せき切ってという表現が正しい。けれど人形である彼女は、ほんの少しだけ人間らしく上気した雀斑のある頬をにっこりと笑みの形へと変えた。
「スイが目を覚ましたのよ、こっちへ来るって言うから案内してきたの!」
 ジゼルはガード・ドールでは無い。案内と言っても、本当に道案内だけだっただろう。トパーズの瞳をキラキラさせて、子犬ならば引き千切れんばかりに尻尾を振っているだろう姿はかわいらしかったが、この場にはそぐわなかった。
「今そこでリイザにリニア・トラックを頼んだんだよ。殺さないでいてくれて助かった、ありがとう」
 幾分顔色は悪いが、脈拍は安定し、心肺機能にも問題はない。即座に見て取ったマリアは、ふんわりと微笑んで返した。
「あなたが来なかったら放っておこうと思っていたのよ、積荷は違ったと報告して」
「そんなことだろうと思った。あぁ、怖がらなくて良いよ、外より住みやすい場所もエデンにはある。――ようこそ、夢の島、人工島エデンへ」
 その時ようやく子ども達は自分達が助かったのだと分かった。
 スイの周りに集まると、盛大な声で泣いたのだった。



 後日。
 リイザはリドルさながらのサラサラの銀の髪を長く伸ばし、緋色の猫の目の瞳孔を縦にしてスイに後ろから抱きついていた。サイケデリックな花柄のミニ・ワンピースが眩しい。
「ね、もう怪我ダイジョブなの?」
「元々たいした怪我じゃないさ、それよりみんなはどうだったんだ? すごい大立ち回りをしたそうだけど」
「アタシは素体の総入れ替え、後はみんな全身クリーニングと人工皮膚の張替え程度よ。セラってばそれで良いって言うんだもん。どうせ伯爵のお金なんだから、パーッと使っちゃって良いのにさー」
 ははは、とスイが笑う。
「セミラミスは倹約家だからな」
「もー、セラってばほんとに吃驚させるんだから。良い、スイ、他の何を犠牲にしても怪我なんてしちゃダメよ。他は替えが効いてもスイの代わりはないんだから」
 不老と不死は違うものなのだ。厳密に言えば、守護者は死にはしないが、長く生きるのともわけが違う。死んでまで生体コンピュータとして使われるなど、リイザは真っ平ごめんだった。拾って育てたスイをそのように使われるのも。
 ユーフォリアは安住の地ではない。リイザから見ればものすごく弱いスイはユーフォリアにいるべきではないと考えることもある。それでも一緒にいてくれるのが嬉しくて、つい甘えてしまうのだ。
 守護者にしては強いスイ。
 けれど人より弱いスイ。
 こんなに守るべきと思える存在が他にあるだろうか。
 粗野な自分は、上品な区にはいられない。自覚はしている。ライザのように猫の皮を被るのがうまければ、或いはとも思うが、リイザの爪はよく研がれすぎていた。うっかり噛み付いたり引掻いたり、粗相に事欠かない。
 そんな自分でも許してくれるスイが大好きだった。
 だから、守りたい。
 誰からも、何からも。

 それが自分のレゾン・デートルだと、リイザは強く思っていた。




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    2010

10.15

遊戯3

 リドルが帰った後、皆はそれぞれに準備をしていた。ジゼルにスイの看病を任せ、銃弾や砲弾、ナイフの点検をしている。
「23人は任せたわ、戦争屋もどきはアタシが屠る」
 ワイヤーソーの刃を研ぎながら、リイザが言う。
「頚部強化してたらこれよりコンバットナイフの方がお役立ちなんだけどねー」
「リイザさんのワイヤーソーに掛らないように少し離れてた方がいいな。第三埠頭は逃げ場所が多い、車で逃走されないように考えた方が良い」
 レジーナは人間サイズのコンバットナイフのグリップを調整して使いやすいように改造している。
「到着次第奴らの車と船とに爆弾をセットしよう。蔡氏特製の小型爆弾が20発ほどある」
「20?まったくアンタの主は何考えてるんだか、人形に持たせる数じゃないわよ」
 天照の得物は主の持つ青龍偃月刀を人形サイズに小振りにしたものである。確認すると、飛び道具を使うのはマリアとセミラミスのみだった。その二体にしても、格闘技では唯人を凌駕する。純粋に戦えば、楽園の猫でも情報屋スイでも一番弱いのはスイということになる。人形たちほど反動に負けない身体というのは、機械化していなければ難しい。結果人形たちの方が口径の大きな飛び道具を使用できる。また、人形なだけあって、照準も正確である。
 レジーナの着るラバースーツに似たような衣装に身を包むと、それだけで何となく強くなった気がする。ひらひらふりふりのショートパンツ姿のリイザ以外は、皆がっつり戦闘スタイルだった。身体中にナイフや銃器を仕込み、長い髪はアップスタイルにしている。
 マリアやセミラミスなど、さっきの時代がかった衣装が嘘のようなアマゾネス振りである。
「やーね、お揃いっぽくって」とはリイザの談である。そういうリイザも、ブーツの踵には鉄板と刃を仕込み、やる気たっぷりである。


 まるで人形で作られた一個小隊のようだった。闇に溶けるよう黒を基調としたラバースーツのようなお仕着せに、赤外線スコープ、軍靴。一人燃えるような赤を身に纏うレジーナが、さしずめ隊長格か。リイザのみ淡い緑で浮いている。リドルが来ればおそらく上質の生地を使った白シャツにギャバジンかツイードかのパンツスタイルで、その上品さが更に場に浮く格好になるだろう。
 天照が、それぞれに爆弾を手渡す。
「各自仕掛ける場所を図面で確認しておくと良い。わたくしは黒のワンボックス4台に」
「車すべて受け持つ気か?」
「セダンは誰かに任せるぞ。レジーナはその色が目立つから陽動に動いてもらいたい」
「むしろセダンから潰すべきね。わたしは躯体が大きいから接岸する船の方を受け持つわ」
「じゃ、セダンはセラね。ついでに運転手も仕留めておくと後が楽よぉ。あ、アタシはレジーナと一緒に各個撃破組」
「何台アルノカシラ?20個モアルノダカラ足リルトハ思ウケレド」
「セダンは来る時は運転手だけよ。4台ね。大丈夫、セミラミス?」
 立体図面の上で額をつき合わせていた面々は微笑みあった。
「大丈夫デスワ」
「何でここまで分かってて自分で潰さないのよ、あの馬鹿伯爵」
「アノ方ハ電脳戦以外ノ荒事ハ不得意デスモノ」
 スイを動かせば他がついてくると分かっていての確信犯だ。事実、スイは抜きでも話は進んでいる。
「船用には二個頂戴ね。沈まないにしても航行不能にしなくてはね」
「時間マデ後1時間弱デスワ。移動シテオキマショウ。りどるモ来ルコトデショウ」
 ライフルとサブマシンガンで武装したセミラミスが立った。両方とも人形用にとデュークが作った特製品だ。
 一方、人間サイズで作られた武器弾薬をこともなげに抱えたのはマリアである。バヨネットには銃庄に鉄の錘をつけてある。エデン出身の戦争屋が好んで使う装備だった。蛇の道は何とやら、楽園の猫はさまざまな装備品を情報屋の事務所に隠し持っている。
 逆に軽装なのはレジーナとリイザ。陽動をという割には、重火器類は持っていない。レジーナは超振動コンバットナイフの二本使い、リイザの主武器はワイヤーソーである。短距離から確実に一体づつ仕留めるやり方が、リイザは好きだった。
「ライザがいれば狙撃頼むんだけどねー」
 かといって、片割れを必ずしも必要としない。
「別行動なのか?」
 レジーナが聞くと、まぁねと軽く答える。
「二人一緒の方が珍しいんだってば、レジーナ。アタシたちは別に二人一組ってわけじゃないんだから」
 その二人が共に動くときは大抵大惨事が起こる。そうは聞いている。
 全員が鉄板を仕込んだ重い靴音を響かせて、小さな事務所を後にした。

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    2010

10.15

遊戯2

「で、さ、セラ。頭数、どれだけ揃えられる?殲滅ってことは取りこぼしちゃダメだから、アタシとマリアだけじゃちょっと人数少ないのよね」
 おとなしく話を聞いていたセミラミスは、にっこりと微笑んで答えた。
「今ゆーふぉりあニ居ルノハ、ワタクシトじぜる、れじーな、めんてなんすデ戻ッテイル天照デスワ。荒事ニ向カナイじぜるヲ此処ニ置イテ行キマショウ」
 結構な数がいる。リイザはにやりと笑った。
「天照が心強いわね」
 初代デュークは要人警護にもなるガード・ドールを多く作っている。中でも蔡主のために作られた天照は、最強を誇る。――最も、その主人である当代蔡主の方が強いとは専らの評判だったが。
 リイザ、マリア、セミラミスとレジーナ、天照。指折り数えて、リイザはこんなものかと呟いた。
 ここには装備は一通り揃っている。看板は上げていないけれど、情報屋スイの末端に位置する。そして情報屋スイは、知られてはならないことだが、よく荒事に首を突っ込む楽園の猫の一員だからだ。
 初代デュークが亡くなった後、セミラミスは主持ちでない人形たちを引き連れて、守護者に庇護を求めた。その選択肢を与えたのは、スイの子供、十一代目の長だった。自然、人形たちは守護者の手足となって働くことになった。セミラミスを筆頭に、エデン各地で情報屋スイの窓口を、人形屋と兼ねてやっている。人と相対するには脆弱すぎる守護者の代わりだった。
 皆を隣の部屋から呼び、マリアが図面を指し示しながら説明をする。
「今日、外から買い付けた人たちを第三埠頭に上げるということだったわ。向こうは全部で23人、こちらは5人。一人が4人とちょっと倒せばゲーム・オーバーよ」
「買い付けられてきた人たちはどうするんだね?」
 絶妙なラインの身体にぴったりフィットしたラバースーツを着込んだレジーナが問う。赤いウェービーロングヘアを無造作に束ねた勇ましい姿だ。
「煩かったら殺しちゃっていいわよ、そんなのどうせ26区じゃ生き残れないわ」
 人工島エデンは特殊な環境だ。外で生きるのとは勝手が違う。戦争がない代わりに、熾烈な生存競争がある。
「リイザさん、それスイには内緒にしてね。みんなもよ、一応スイは守護者だから、やさしくできているの」
「23人を洩らさず殺せば良いのだね。それ以外は生死不問、と」
「向こうもここで商売しようってんだから相応に強いと思ってね、レジーナ」
 120センチ強ほどの小さな身体が豪快に笑い、了承を伝える。
「あら、そういえば、商売相手をどうするのか伯爵に聞いていなかったわ」
 思い出したようにマリアが言った。
「殲滅というからには皆殺しで構わないのでは?」
 物騒なことを当たり前のように天照は答えた。リイザを除けば、一番危険な場所に常に身を置く者の言葉は、尤もだと皆に受け入れられる。
「それじゃ、一人当たりの受け持ち数が変わってくるわ。詳しいデータをもう一度リドルに聞きましょう」
 リドルというのは、伯爵の使いをしている少年型の人形である。躯体はセミラミスの弟にあたるが、動作・感情プログラムを組んだのは伯爵その人だった。伯爵に礼を取らない人は人と思わない徹底的さは、人形は人に従うものであるという前提を大きく覆している。
 もっとも、デュークの作った人形は総じて、人に諾々とは従わない。人を傷付けないこと、というレプリカント・ドールの大前提も、ないに等しい。
 だからリイザはセミラミスに、人形を出せと言ったのだ。


 マリアは、小さな情報屋の事務所にリドルを呼びつけた。とはいえ、楽園の猫の仕事にしては丁寧なものである。簡単に言えば、嫣然とした微笑みで「さっきの件で確認したいことがあるから来て頂戴」ということだった。
 人が見たら羨むようなさらさらの銀の髪、アメジストの瞳の少年型人形は、小さな事務室の中央に置いてあるソファに、うずもれるように座っていた。
「確かにブローカー23人についてはスイと私とで請け負ったわ。でも良く考えてみたら、相手がいるじゃない。人を第三埠頭まで連れてくる連中。殺すのは簡単だけれど、もしそれも依頼するなら色をつけてくれても良いのではなくて?」
 良家のお坊ちゃまと家庭教師といった見てくれだったが、いずれも人ではない。リイザが偉そうに隣のソファに腰掛けて足をローテーブルに乗せている以外には、人の気配はない。
「アタシたち楽園の猫に殲滅を、というなら、殺す以外ないわよ」
 猫も商売だ。いくら相手が26区のトップに立っていようとも、いただくものはきっちりいただく。
 リイザとマリアの二人に凄まれても、リドルは涼しい顔をしてさらりと言った。
「では、相手側4人もターゲットに追加を。身体データはこちらです」
 ホログラムで4名の姿が映し出された。いずれも貧相そうな容姿だったが、リドルは付け加える。
「ヨコスカの研究所で機械化を施されています。身体能力は通常の人の比ではありません。戦争屋並みと言っておきましょう。マスターは取引が終わって相手が帰った直後を狙うようにと情報屋スイに言ったつもりでしたが、もし相手まで潰してくださるのでしたら……」
 無記名の小切手をホログラムの隣に差し出した。
「ユーフォリアでしか使えませんが、これを追加しようとのマスターの言です」
「ちょっと、アンタは高見の見物なわけ?」
 小切手を一瞥し、リイザは足を机の上で組み替えた。
 リドルもこの容姿である。相応の強さがなければいくら後ろ盾に伯爵がいても使いになどならない。
「ラグドールがスイに呼ばれたのであれば僕の力など必要ないはずですが。それに此処にはガード・ドールもいるではないですか?」
「そのガード・ドール並みのアンタが言うと全く嫌味にしか聞こえないわ。アンタ元々事務機でしょ」
「マスターをお守りするのに必要最低限の力を欲しただけですが。必然です」
「もーほんっと仲悪い子たちね。どうせ見届けに来るのでしょう、リドル。わたしたちは売り物も生死問わずで一致しているの、離脱する素振りを見せる奴がいたらあなたの手も借りるかもしれないわ。そしてあなたの護衛に裂くドールはいないの」
 もちろんそちらにしか逃げ道を作らない気満々である。マリアはしっかりとリドルも頭数に入れていた。
「だけど戦争屋とは厄介ね、セラ、弾頭は対外用のを満載しておいてね」
「イツモノわいやーそーハオ使イニナラレマセンノ?」
「戦争屋は装甲が硬いのよ。予備予備。あとみんな大口径の武器使うこと。さくっと終わらせて首を伯爵にプレゼントするわよ」
「ボディに傷がついたら伯爵に直すお金を出してもらいましょうね」
 これが先の小切手の正体である。守護者がバックにいるとはいえ、金を湯水のように使うわけにはいかない。その点伯爵であれば、この26区の富を好きなように使える。
「あーあ、ふわふわグリーン気に入っていたけど今回のことで総替えかもね」
 まぁそろそろ交換の時期だけど、と飽きっぽいリイザは嘯く。

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    2010

10.15

遊戯1

 ふわふわの綿菓子のようなライトグリーンの髪。日に焼けていない、すべらかな人工皮膚。カールした長い睫毛に、ぱっちりした翡翠の猫の瞳。薄紅の頬とたっぷりグロスを乗せた蠱惑的な唇。
少女の華奢な身体は、見た目に反した鋼鉄製。ライムグリーンのラインストーンを配した長い付け爪。
 淡いグリーンのミニスカートワンピースから伸びる細すぎない足には、鉄板入りの高いヒールのブーツを履いている。
 いくらでも形容詞は出てくる。ぱっと人目を引く美少女だ。
 けれど誰も声をかけない。かけてはならない雰囲気を纏っている。小柄な少女なのだが、小柄には見えない。存在感が大きい。
 小さなビルの隅にある鉄の格子とその奥の鉄の扉を乱暴に開けて、かつかつと靴音高らかに階段を上る。階段を上がりきったところにある木製の扉の古風な真鍮のドアノブを回し、部屋に入った。プレートも何もない、小さな構えの事務所だ。部屋の中央にあるマホガニー材に似せた机についているのは、明らかに人のサイズではありえない人形だった。
 白磁の肌、銀色の長い髪、深紅の瞳。人の2/3程の大きさの人形は、アンティークなドレスを身に着けていた。上品な絹の生地に、たっぷりとしたレース。机の上には真鍮製のランプもあって、そこだけ時代が違ったようにも見える。
「イラッシャイマセ」
 微笑むように、プログラムされている。
「何カゴ用デショウカ?」
「アタシよ。何カ、じゃないわよ、スイが怪我したから来いっていうから飛んで来たのに」
 名前を言わずとも、以前と姿が変わっていようとも、分かる。分かれと人形は言われている。行動パターンで、特定はできるだろう。その程度のプログラムを組むのは、人形師として名を馳せたデュークにとって簡単なことだった。だから、デュークの人形を欲しいというものは後を絶たない。
 この人形、セミラミスは、初代デュークの片腕であり、二代目デュークを短期間襲名していた。今は、人とほぼ変わらない大きさの、デュークの最後の人形が、三代目を名乗っている。
「すいデシタラ奥ノ部屋デスワ。りいざサンガ入ラレルト目ヲ覚マシテシマイマスカラ、起キテクル迄、此方デオ待チクダサイナ」
 今は情報屋スイの手伝いをしている。
「何があったのか、聞いてる?」
「運ト間ノ悪イ事ニ、流レ弾ガ当タッタソウデスノ。守護者ノ身体ハ強クアリマセンカラ、落チ着ク迄眠ラセテオコウトイウノガまりあノ意思デスワ」
「流れ弾ぁ?まったくドンくさい。らしくない。で、その場は収まってんの?収まってないならアタシが皆殺しにしてあげる」
「三ツ向コウノ通リデスッテ。ゆーふぉりあハ矢張リ物騒デスワネ」
 作り物めいた笑顔でセミラミスは答える。初代デュークが「最も人形らしい」と評する彼女は、喋り方も人に比べて少しぎこちない。明らかに作り物だと分かる。それが人形師デュークのお気に入りだった。
 人形師と言えど、人間用の素体を作らないわけではない。実際リイザもライザもマリアも世話になっている。けれどデュークは自分を機械化しようとは思っていなかった。長く生きるつもりはないよと笑っていた。ほんの僅か勝手が違うだけで、最高の人形は作れないのだ、と。
「ゆーふぉりあニハ、ワタクシヲ知ル方ガ多クテ助カリマスワ。攫ワレル危険モばらサレル危険モ少ナイノデスモノ」
 それでも傷は絶えない。セミラミスは何度もコーティングを繰り返している。
「で、なんでアタシを呼んだのよ」
「すいガ厄介事ニ首ヲ突ッ込ンダノデスワ。伯爵カラノ要請ガアッタカラナノデスケレド」
 伯爵とは、この人工島エデンを作った研究者のうちの一人だ。正確には、できて三百年を生き抜いた、生き残り。
 人工島の他の区と切り離された孤島26区、ユーフォリアは、実質彼が支配しているようなものだった。
 その伯爵が、何を言うのか。
「やっぱりスイが起きてこなくちゃダメね。話を聞いたのはスイだけなの?」
「まりあハ同席シテイタソウデスケレド。……呼ビマショウカ?」
「お願い」
 セミラミスは、左手首の内側の金属プレートにコードを繋いだ。コードを通してマリアに呼びかける格好だ。マリアも、部屋の中でコードを繋いでいるはずだった。オンライン。それが彼女達機械の最も簡単な会話法だった。
 程なくして、上品そうな女性が奥から出てきた。ブルネットをアップにして、西暦の19世紀から20世紀初頭のツーピースを着ている。セミラミスに負けじと時代衣装を着ているようだった。
「いらっしゃい、リイザさん」
 ふわりと微笑むのが様になる。
「何でマリアがいてスイが怪我をするのよ」
 微笑むマリアと対照的に、リイザは不機嫌だった。マリアは微笑むようになっている。それを知っていても、リイザの口から皮肉が漏れる。
「主人が怪我したってのに、よくへらへらしてられるわね」
「あらだって、余計な心配させてはいけないじゃない?スイは怪我には強い子よ。あたったのは腕だったし、少し発熱はあるけれど、目くじら立てて怒るほどの怪我じゃないのよ」
 それに、と続ける。
「私はあの子にとって育て親で共犯者であって、主従関係じゃないわ。あなたがよく知っているように」
「そうだったわね。あんなに争いごとに強い子、守護者じゃ長を超えるんじゃなぁい?」
 守護者は脆弱で繊細。それが、守護者を知るものの一般的な知識だった。
「で、マリア。伯爵の呼び出しってなんだったの。もちろんアタシにも知る権利、あるわよね」
「あなたの力が借りたくて、呼んだのよ。荒事はスイの専門じゃないもの」
 緻密な作業は必要ではないらしい。もしそうならば、片割れのライザが呼ばれている。
 伯爵は、同僚だった女史(リイザは「ママ」と呼んでいる)の養い子を、幾分持て余しているようだった。ユーフォリアで自由に彼女らが生きているのを、邪魔したことはない。けれど時々、直接には言わないけれど、スイをだしにしてリイザやライザをうまく使う。さすがエデンの化け物、とリイザは言って憚らない。
 実際のところ、誰がいてもいなくても、伯爵は26区を治められる。26区で絶対的な力のヒエラルキーの頂点にいるのだ。けれどたまに、ちょっかいを出したくなる。それにちょうどいいのが、スイであり、リイザやライザであっただけのこと。
 結局いつも踊らされるのだ。それでもいいとリイザは思っている。遊ばれているのではない、知っていて遊んでやるのだ。
「耄碌されちゃかなわないから遊んであげるわ。今度はどんなゲーム?」
「暴れるだけ暴れていいというお墨付よ。先日26区に進出してきた人買いブローカーの殲滅。エデンの外からの侵入者よ、徹底的に叩いてほしいというのが伯爵に言われた言葉」
「人買い、ね。守護者が聞いたら真っ青になって震えそうな言葉だわね。奴隷って言うより臓器売買のほうが需要がありそう」
 少女の姿をした化け物が言う。
「26区がどんな場所か分かってて来た人たちらしいから、おそらく他の区への進入できるパイプがあるはずよ。それも併せて潰さないとね」
 女性の姿をした機械が言う。
「踏み込んだ先で腑分けされてたらスイの精神衛生に悪いから、アタシたちだけでやっちゃおっか」
「あら、スイはバラバラ死体には慣れてるわよ、一応お医者様なんだから」
 それに、26区を拠点にする楽園の猫の一員だ。死体程度で恐れる神経の持ち合わせはない。
「でも悲しむわ。犠牲になるのは多くは子どもでしょ。そんなのが重なって少しずつ狂っていくのを、アタシは止めなくちゃならない」
 スイだとて、守護者。エデンに住まうものを守りたいというレゾン・デートルの上に、かつて母親だった人の「守護者も人間も守るもの」という不文律が乗っかっている。
「寝てるんだったらちょうど良いわ、場所、分かってるんでしょ、乗り込みましょ」
 何の気負いもなく、リイザは言った。

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