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    2010

09.30

落下3

「あらフウナ、あなたいつ脆弱で繊細になんかなったのよ?」
「強靭じゃないよ、繊細じゃないけど。でも、狂うのは分かった気がしたんだ。やっぱり失敗作だよ」
 へらりと笑って断定する。
「三百年生きてる伯爵やエーダは、強いと思うよ。知ってる人がどんどん少なくなっていく中で、その子どもを、その孫を、ずっと見てきてるんだ。すごいってば」
「もっと、よ。ママが知ったときにはすでに今の姿だったというから、もっと生きてるわ。アレは別物、化け物の類よ」
 二人ともいつも以上に饒舌だった。フウナが悲しみを払拭するように、リイザは徹底的に喋ることにした。批判であれ、冗談であれ。
 何かと制約の多い守護者と、何者からも自由であるはずの猫と。共に生きようとは思わないものの、リイザはある種の親近感をフウナに対して持っていた。
「忘れることよ、フウナちゃん。子どものようなフウナちゃん。悲しいのなんて一瞬だわ、悲しむのはそう、生者のためだもの」
「違うんだ、リイザさん。守護者の死は人間の死じゃない。たくさんのコードに繋がれて、エーダを核とする生体コンピュータの一部になるんだ。エデンの住民の願いを聞いてるのは、それまで、笑ってた、悲しんでた、守護者の成れの果てなんだ…!」
 それは、死んではいないけれど、生きてもいない。
 無理に会おうと思えば、会えなくもない。ただ、長以外、廟所に立ち入ることは許されていない。
「だから悲しいんだ」とフウナは言った。
 いずれ繋がれることを知りながら。
「会えるんだよ、ボクは無理やりにでも扉をこじ開けることができるんだ。だけどそうして会っても、そこにいるのはもうショウじゃない」
「だから、スイを殺させないのよ。繋がれる?冗談じゃないわ。フウナちゃんはどうなのよ」
「ボクは…ボクは繋がれてもいいと思ってる。生きてたって役に立たないもん。でも、カヤはそうして守護者を繋ぐことを、すごくすごく嫌がってた」
 十代目の長は、フウナの妹だったという。そんな使役のような真似はできないと、自分が長になって以降「死ぬ」守護者をすべて月面都市キリエへ送っていた。例外は九代目の長のみという徹底さだった。
 人工島エデンの暗部を、フウナは自分ひとりの胸に留めておくことができなかった。リイザという理解者を得て、堰を切ったように畳み掛ける。
「悲しいからって、僕には長のような力があるわけじゃない。どうにもできない。だから悲しい。下を向いたら涙が出ちゃうほど。もう会えないのが悲しい、寿命だったとは言っても何にもできなかったのが悔しい」
「でも生きたくないんでしょう。ショウは人の世界に出て狂ったって聞いてるわ。極端にまで人を、世界を、恐れるようになったって。あんたは役立たずだから繋がれてもいいって言うけども、ショウだって同じじゃない。人と交われない守護者なんて、コンピュータに繋がる以外使い道がないのよ」
 き、とフウナはリイザを見下ろした。枝の上から。ソメイヨシノは緑の葉が揺れている。フウナの長い亜麻色の髪が、生き物のようにうねる。
「ナニソレ。使い道って。ボクたちだって精一杯生きてるのに」
「悲しい方向が間違ってるって言いたいのよ。足掻きなさいよ、もっと、もっと、もっと!」
 アタシたちのように、と。
 みっともなくていい、スマートになんて生きられない。
 リイザは、空を睨む。
 わざと傷つけるようなことを言ったのは、憎いからではない。
「だいたい、作りっぱなしで放置って、ママも伯爵もどうにかしてるのよ。フウナちゃん、文句を言うならあの二人によ」
 エデンが無法地帯に近い状態にまでなったのも、あの二人のせいなのだとリイザは拳を振り上げた。でも、下ろす先がない。力を充分に加減して桜の幹を叩いた。
 そしてその無法地帯でないと、自分は生きられない。守護者が争いを厭うのと同じように、リイザたち楽園の猫は平穏を厭う。
 どちらを作ったのも、伯爵と呼ばれる研究者と、リイザが「ママ」と呼ぶ育て親だった。
「で、悲しいのは紛れた?」
「紛れた!てゆか、伯爵も「ママ」も知らないけど、元のショウにももう会えないけど、ボクはもうちょっとだけ生きる。文句言うために生きる」
「あははは!なにそれ!でも良い、あんたらしくて良いわぁ」
 すぐに会えるわよ、とリイザは笑った。会いたいなら言いなさい、と。
「あの二人が守護者から文句言われるだなんて、きっと今までなかったことよ。スイだって言わないもの」
「スイは文句言わなすぎ。で、リイザさんは文句言いすぎだからもうちょっと控えた方がいいと思う」
 緑の風が、二人を包む。優しい風だった。
 春の嵐はどこへやら、穏やかな日だった。
 とりあえず前を向こうというフウナの姿勢が、リイザは好きだった。だからお節介がやめられないのだ。
「ソメイヨシノは良いね。ここが見える場所で争いが起らないっていうのは、何だか分かる気がする」
 争いを好むという猫が普通の人の振りをしてわざわざ会いに来てくれた。
 そのことを今は嬉しく思おう。
 そしていつか「でっかいの」に会ったら言うのだ。いつかの気遣い、借りは必ず返す、と。

 フウナとリイザは、空を見上げた。
 けれど同じものを見ているわけではない。
 ただ、涙が落ちるからという理由ではないことだけは確かだった。
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    2010

09.30

落下2

「ボクはそんなに生きたくないな」
 元より、生きられはしない。
「アタシたちは生きるわ。スイも死なせない。だけどフウナちゃん、あなたが生きたくないなんて、意外。もっと足掻くかと思ったのに」
「ボクに繋がるすべての人が死んでも生きたいなんて、思えないよ。ショウが死んだだけでもこんなに悲しいのに、悲しみに押し潰されちゃう」
 亜麻色の長い髪が、そよと風に揺らぐ。
「……思い出したわ、守護者は忘れられない生き物だったわね」
「人が忘れて生きてくのと同じようにね」
 ヘイゼルの瞳が、強くリイザを捉える。これだから守護者は、と、リイザはため息をついた。
「スイが狂ったらアタシかライザが殺してあげるの。そういう約束」
 スイとて守護者だ。たったふたつの言葉が彼女を生かしている。それはリイザも知っていた。フウナも、フウナなりに理解していた。
 父親が死の間際に母親を守れと言ったこと、その母親がすべての守護者を守って欲しいと願ったこと。
 それがスイを生かしているのだと、リイザも理解はしていた。だから逆手にとって、すべての守護者が死に絶えるまで生きろと言い、薬を与えたのだ。
 かつて研究者が望んだ守護者の姿は、完成しつつある。性別を持たず、真っ白な翼を背に持ち、純真でいて力強い。聖書に出てくる天使の姿こそ、研究者たちが望んだ守護者の姿だった。
 十一代目で、ようやくそれは現れた。
 視力と発声器官こそなかったが、強いテレパス能力でそれを補って余り得る。
 かつて研究者だったリイザの育て親は、死んだと思われていた彼女は、エデンの外から帰ってくるなり、養い子であったリイザとライザに向かい、胸を張って言った。「私たちは、ようやく研究の成果を得た」、と。
 ならばその他の守護者は何だったのかと、リイザは癇癪を起こした。
「失敗作なんでしょ、ボクたちって」
「そうママは言ったわ」
「エーダに会ったボクに、スイが教えてくれたんだ。失敗作なボクたちを生かしたのは、エーダだって。あの人こそが、守護者の母親だって」
「アタシは認めない。エーダはあの伯爵の妹よ。たとえ子供のような人であっても、エデンを支える生体コンピュータの根幹な人であっても、そんなお情けで守護者が生き残ったなんて、考えたくもない!」
 大体それは人なのか、とリイザは詰った。守護者と巨大コンピュータを介するエーダは、人の身でありながら、機械になった。
「エーダが言ってたよ。エデンに繋がれたのはお兄さんを繋ぎとめるためだったって。守護者を生かしたのは子供を生めない自分の子供みたいに思ったからだって。ボク、それなら分かる気がする」
「知ってるのよ、同族嫌悪よ、アタシと同じくらいわがままなのよ。全部スイから聞いたわ。でも、こうして会って喋ってるのに、こんなに可愛く思ってるのに、失敗作だなんていくらなんでもあんまりじゃない」
 言い捨てた育て親にも食って掛かったが、三百年以上を生きた彼女にとって、高々四十年程度生きた小娘の話など、ないも同然だった。
 フウナは、ちょっと困ったような表情で、リイザを見つめた。
「長く生きられない身体に脆弱で繊細な神経なんて、十分失敗作だと、ボクも思うけどなぁ」

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    2010

09.30

落下1

 悲しくなると必ずここに来た。
 23区アイアンメイデンの名所、たった一本のソメイヨシノ。
 今は緑の盛りである。どっしりとした幹は、すでに若木ではないことを示していた。
 誰が植えたのかは分からない。いつ植えたかも、定かではない。ただ、この木のために有機物を一切排すとした人工島エデンに土が持ち込まれたのは確かである。
 いや、知っている研究者は残っているだろう。守護者を作り出し、戦争屋を作り出した彼らのうち、僅かはまだ生きているという。300年以上も前の話であるが、嘘のような本当だった。彼らのうち一人が植えたのだろうと、当時を知るすべのない者たちは思っていた。
 フウナは知ろうと思えば調べられるだけの場所にいた。十代目守護者の長の姉。エデンを作った研究者にそうとは知らず会ったこともある。秘密を一身に集める者に会ったこともある。それでもフウナはフウナだった。
 自由闊達で、旋毛風のよう。
 幼いころからそうだった。それでも悲しくなることはある。そんな時にはエデンの中枢を抜け出し、老木まで駆けてきた。
 23区は安全と言われる区である。それでも血と硝煙の匂いが、人の想いが苦手な守護者にとって、外に出ることは危険なことには変わりなかった。
 フウナは、そんなの何でもないと言う。血と硝煙は慣れてしまえば平気だったし、人の気持ちは「ごちゃごちゃしてる」程度にしか思わなかった。だから、総じて繊細といわれる守護者の中で、人と相対することが「平気」な方の部類だった。十代目12人の中で、長を除いて2名だけが「外」に出られた。
 この日もフウナは一区中枢イーハ・ヒューインから抜け出し、リニアトラックを乗り継いで23区までやってきた。
「伊織ちゃんなら来ないわよ」
 枝の上で足を揺らしていたフウナに、鼻にかかったような甘い声が届いた。少女の姿をしたそれは、仕事屋ラグドール、キティとも、守護者の間ではリイザとも呼ばれる。
「ダレソレ」
 思考を読むような複雑な作業は苦手だった。思うままに、訊く。
「あんたが「でっかいの」と呼んでる坊やのことよ」
「名前、知らなかった」
 知らなくても会話はできたし、違和感も感じなかった。ひょろりと背の伸びた青年は、小柄なフウナからすれば充分に「でっかいの」だった。
「何でリイザさんがそんなの知ってンの」
「スイが知ってるからに決まってるじゃない」
 フウナより年長の守護者の名を、出す。自分が生まれる前からの付き合いであることを、フウナは知っていた。
「ていうかね、ここから出てみろって言ったのはアタシなの。出たがりだったのは、知ってるでしょ」
「うん、知ってた。いつかはいなくなるかなと思ってたけど、今日だなんて思ってなかった。でもどうしてリイザさんはわざわざ知らせてくれるの?」
 ――どうして。
 三歳の子どもが言うように、二十代のフウナは言う。姿は十代後半から変わっていない。守護者とは、そうしたものだった。一定の年齢から、外見年齢が変わらなくなる。フウナは、とても子を持つ母とは思えない。それほど、幼く見える。
「あの子が心配してたからよ。伊織ちゃんもあんたも、アタシにとってはお気に入りだもの。ちょっとくらい目を掛けたって良いじゃない」
 それで、何があったのと、猫の瞳が訊ねる。
「ショウが死んだんだ」
 言ってみて、意外と平静な自分に、フウナは驚いていた。夫である。従兄である。「外」を、人を怖がる彼を、いつもフウナは守る立場にいた。
「へぇ、そう」
「そうって簡単に言うけどさ!」
「だってアタシ、ショウには一度しか会ったことないもの。それもうんと小さいときに」
 感情なんてこもらないわ、とリイザは言った。
「伊織ちゃんがね、そろそろ来るころだと思うからって。何が起るとかそういうのは知らなかっただろうけど、フウナちゃん、良くここには来てたの?」
「待ち合わせなんてしてないのに、何でか分かんないけど、でっかいのとはときどきここで会ってたんだ。だってここには泣きたいときに来るだけだし」
「あらでも泣いてないじゃない」
 フウナは、ぷぅ、と頬を膨らませた。
「泣く前にリイザさんが来たンだもん」
 リイザがほほほと笑う。
「良く分かってるじゃない、アタシが泣き虫嫌いなこと」
「そういうの分かるのが守護者だからねっ」
 胸を張って言う様は、本当に、子ども。
「守護者ってね、大切な人が死んだりするとどんどん病んでいくんだって。人の血が流れるとそれだけで心を蝕むんだって。……でもそういうの、ボクには良く分からないんだ」
「スイも、分からないって言ってたわ。ま、あの子の場合は事が起こったのがちっちゃな頃すぎて麻痺しちゃったんだろうけど、あんたのそれはきっと天然ね。生まれつきにぶいのよ」
「にぶいなんて面と向かって言う?」
 枝の上から見下ろすフウナ。それを幹の根元から見上げるリイザ。その間に緊張感はなく、のほほんとした空気である。
「人だって狂うのよ。作られた脆い存在が病み易いのは仕方ないわ。病んでないあんたは健康ってコトよ――フウナちゃん」
「リイザさんも狂う?」
「狂わないように努力するわ。狂う要素をひとつひとつ排除すればいいんだもの」
 事もないように、さらりと言うのだ。フウナは思わず吹きだした。
「あっは、物騒!」
 にっこりとリイザは微笑む。
「物騒、結構。アタシの精神衛生のために、スイには長生きしてもらうわ。身体を鋼鉄に換えたアタシに寿命なんてあってないようなもの。伯爵が投薬されたと同じ薬を、スイに与えたのよ。まだ死んでないってコトは、伯爵と同じくらいは生きるってコトよね」
 守護者は近親婚を繰り返し、その寿命を縮めている。作り出された種であるから、人よりもずっと弱い。生に執着もしないという。
 その守護者を造ったのは、リイザの育て親や、現在伯爵と呼ばれている謎の多い研究者達だった。研究者というよりは、マッドサイエンティストたち。機械化した身体は当時、寿命も縮めたという。それを打ち消すために、長生薬が開発された。伯爵はその被験者の一人だった。……というようなことをリイザは聞き知っているが、エデンが作られてから300年以上経つ。記憶にとどめているのはごく限られた者たちだけだった。
 守護者も知ることはできる。膨大なデータバンクがエデンにはあった。守護者の長はそのすべてへのアクセス権限を持つ。それでも、あえて出自を探るようなことはしなかった。引き換えになるショックが大きすぎると判断した五代目の長が、意図的に守護者の目を逸らさせたらしい。リイザの知る限りでは、スイがそのデータにアクセスしたことと、フウナが偶然それを知ってしまったことくらいだ。
 フウナはクラッシャーの異名を持つ。何故か機械を誤操作させてしまう。だけならばともかく、思わぬところからデータを拾ってきたり、思ってもみなかったデータクラッシュなども日常茶飯事だった。スイはフウナが生まれてから、データ保護の名目であらゆるデータを掘り起こし、整理してきた。五代目のエンパスを利用した制約は、サイ能力を拒絶するスイにとっては意味のないものだった。
「三百年?」
「そうよ三百年」

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    2010

09.09

別れの悲しみ


 黄昏時。
 リイザはひとつ背伸びをした。それから、隣を歩く青年にショップの紙袋を押し付けた。
「伊織、ちょっとゆっくり歩きなさいよ」
 いつも連れ歩くスイがいなかったので、たまたまその場に居合わせた青年が犠牲になったのだ。けれどリイザにとっては「勝手が違う」のが少々不満のようだった。
「お前が歩くのが遅いんだよ」
 リイザをお前呼ばわりする人間は数少ない。背ばかり伸びた印象のある青年は、押し付けられた紙袋を渋々受け取り、歩みを少しだけ緩めた。譲歩しなければ平手が飛んでくる。
 もちろん平手は手加減した上で、である。ちょっと本気を出せばユニット住宅のひとつふたつくらい軽く壊せる馬鹿力を持つのだ。人間ではあるが、その身体のほとんどを機械化している。鋼鉄の乙女とはよく言ったものである。
「合わせて歩くのが優しさってもンでしょ。アタシには優しくなさい」
 他はどうでも良い。そんな口調だった。
 ヒールの高い、底の分厚い靴を履いている。カツカツという音がするのは、鉄板を仕込んである所為だった。
「……リョーカイ」
 呆れたような、棒読みの返事である。
「ところで伊織、あんた本気で戦争屋になるつもり?」
「あぁ、うん。だってこんな島、出たいだろ」
 伊織と同じ階級……中流家庭に生まれたものは、そんな事は考えない。けれど、人工島エデンの裏社会に生きるリイザ達と出会ったのが、伊織の出発点だった。
 こんな島――中流家庭で安穏と暮らしていたら出ては来ない言葉だ。
 リイザ達と出会い彼がはじめたのは、教会の奉仕活動だった。馴染みもできたし、活動にも慣れた。それでも、伊織には焦燥感があった。この島で平穏に生きていくべきではない。そんな思いが、首を擡げたのだ。
「アタシは、出ても良いけど帰ってきたいわ。今は守護者が可愛くてかわいくて」
 今は、十代目の全盛期ともいえる。十一代目も生まれはじめ、十年後には代替わりするだろう。
本来ならば人とは会わないはずの守護者と、リイザは懇意にしていた。今では情報屋の名の通るスイを拾って情報屋に仕立て上げたのはリイザたちだった。
 伊織を拾ったのも、リイザだった。リイザは犬猫のようにいろんなものを拾う。エデンには、人と小さな虫以外の動物が存在しない。少なくとも、そういうことになっている。厳密に、運び込まれる荷物は調べ上げられ、密航する人間もきっちりと送り返される。
 そんな中で、レプリカントという様々な動物を模した人形が、様々な階級で愛でられていた。野良レプリカントを拾うような感じで、リイザは色々な物を拾ってきた。
 ――物好き。片割れのライザには、そう評されるが、ライザだとてリイザが拾ってきたものを捨てることはしない。
「そうね、名前を付けてあげるわ。飛び切り可愛い、あんたに似合うヤツを」
「なんだよそれ」
 伊織は顔を顰めた。それを意に介さず、リイザはにっこりと微笑んだ。
「イフェイオン、て言うのはどう?」
「……意味は」
「別れの悲しみ。花言葉よ。とってもキュートな花が咲くの」
 悲しみ。伊織は返事ができなかった。
 リイザに拾われたのは、父親と再婚した義母が死んだ日だった。
 悲しみ。手首を鎖で結んで、二人は入水自殺を図った。
 異母妹の織葉は、まだ三つだった。
 悲しみ。織葉は伊織がリイザに拾われたと同じ日、守護者に保護された。
「何で別れなんだ?」
 恨めしそうに、伊織はリイザを見下ろした。
「あんたが甘ちゃんだからよ。両親と別れたとき、寂しかったでしょう。アタシたちと別れるときも、悲しいはずよ。だって戦争屋って、それまでの自分を捨てなくちゃならないのに」
 命を、売るのだ。
 接近戦用に身体を強機械化し、戦場へと身を投じる。そのための技術が、エデンにはある。
 リイザは戦争屋並みの身体を愛用している。伊織に抵抗がないのはその所為かもしれない。
「アタシは、育ての親にこうされたのよ。それまでの自分なんて、なかったわ」
 物心つくかつかないかの頃に、リイザはすでに鋼鉄の身体を手に入れていた。
「だったらなんで捨てろって言うんだ?」
「捨てろなんて言ってないし。それに、何かを守りたくて戦うなら良いわ、でもあんたのそれは戦うために戦いに行くようなものじゃない」
「お前だってしょっちゅう喧嘩吹っかけてるし、買ってるじゃないか」
 あぁもう、とリイザは溜息をついた。
「温い空気が嫌いなら、そうじゃない場所に行けばいいのよ。アタシとライザの本拠地はここじゃない、26区ユーフォリアよ。狂乱と熱狂と陶酔の小島よ。そこを体験しないで安易に外に出るなんて馬鹿げてるわ」
 そこで生き抜くのは至難という。けれど外の戦場よりは、秩序があった。強いものが勝つ、シンプルな構造があった。
 ただ、エデンのほかの区に比べ、治安は劣悪と言われている。他の区では手に負えないものたちの封じ込められる場所だとも言われている。そこを自由に出入りできるのは、守護者だけのはずだった。
 リイザは、スイという守護者を手に入れ、特権を享受した。驕っているわけではない。ただ、利用できるものは利用した。「スイは甘いから」どんなことでもお願いできた。人を殺して欲しいという以外のすべてを、スイは許した。
 伊織にしても、リイザの庇護を受けているが、それを利用して自力で生きていることには変わりない。
「ユーフォリアで一年だ。それ以上はこんな島にいるつもりはない」
 きっぱりと言い切った。

「伊織ちゃん、いえ、イフェイオン。一年たったら鋼鉄の身体をプレゼントしてあげるわ。だからまず、その名を背負って、ユーフォリアに入んなさい。アタシの名前を使ってもいいし、とにかく一年よ」
 ユーフォリアで一年も過ごせば、青年も変わるだろう。より、生に貪欲に。
「生身で一年生き抜けられれば、とっておきの身体と武器を提供してあげる」
 悲しみだろうと何だろうと乗り越えてみせる。そう、伊織は頷いた。

 日はとうに落ち、水銀灯の灯りが、二人の影をぼんやりと映していた。



終。

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